トルストイ「菜食論」「禁酒論」序
- 2017/06/21
- 21:07
菜食論・禁酒論
トルストイ著 石田三治譯 春秋社
序
トルストイの菜食實行と云えば、知らぬ者のない程著名な事實だが、如何なる根據、如何なる主張の上に立っての事であるかは、明確に了知している人が殆んどない。これは不思議にもあの筆まめなお爺さんが、このことに關してのみは筆を控えているのによるのであろう。いろんな論文に極めて稀に散點している以外、纏って意見を述べたものと言ってはここに収めた『第一階段』のみである。この意味から等身に餘るトルストイの著作中、本編は最も異彩あるものと言える。
附録の『人々は何故に自らを麻酔せしむるや』は、彼の禁酒禁煙論である。
この兩編を通じてみて何より第一に心を打たれるのは、こうしたことに對してまで良心に徹底せしめて、究極まで押しつめて考えなければ止まない、彼の内生活のたくましさである。事は一見些末に見ゆるが、何しろ我等が日常寸刻も忽(ゆるが)せにするべからざる問題だから、彼が主張に賛成すると反對するとに拘わらず、これは萬人に興味ある問題を提供するであろう。
序に言っておくが『第一階段』の紹介は早く民友社發行徳富健次郎氏著『トルストイ』の中に見える。あれには徳富蘇峰氏のヤースナヤポリャーナ訪問記も中程に併せ収めてあったが、トルストイ家の食卓を記述する項下に、翁が菜食を取ることが目を見えるように描いてあった。
大正十二年十一月
内 容
第一階段(菜食論)
何故人々は自らを魔酔せしめるか(禁酒論)
トルストイ著 石田三治譯 春秋社
序
トルストイの菜食實行と云えば、知らぬ者のない程著名な事實だが、如何なる根據、如何なる主張の上に立っての事であるかは、明確に了知している人が殆んどない。これは不思議にもあの筆まめなお爺さんが、このことに關してのみは筆を控えているのによるのであろう。いろんな論文に極めて稀に散點している以外、纏って意見を述べたものと言ってはここに収めた『第一階段』のみである。この意味から等身に餘るトルストイの著作中、本編は最も異彩あるものと言える。
附録の『人々は何故に自らを麻酔せしむるや』は、彼の禁酒禁煙論である。
この兩編を通じてみて何より第一に心を打たれるのは、こうしたことに對してまで良心に徹底せしめて、究極まで押しつめて考えなければ止まない、彼の内生活のたくましさである。事は一見些末に見ゆるが、何しろ我等が日常寸刻も忽(ゆるが)せにするべからざる問題だから、彼が主張に賛成すると反對するとに拘わらず、これは萬人に興味ある問題を提供するであろう。
序に言っておくが『第一階段』の紹介は早く民友社發行徳富健次郎氏著『トルストイ』の中に見える。あれには徳富蘇峰氏のヤースナヤポリャーナ訪問記も中程に併せ収めてあったが、トルストイ家の食卓を記述する項下に、翁が菜食を取ることが目を見えるように描いてあった。
大正十二年十一月
内 容
第一階段(菜食論)
何故人々は自らを魔酔せしめるか(禁酒論)
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