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トルストイ「菜食論」9-10完

トルストイ 菜食論
トルストイ著 石田三治譯 春秋社

斷食は善生涯の不可缺条件であるが。斷食するにしても、何から一番先に我々は斷食すべきであろうかという疑問が起る。
如何にして斷食すべきか。幾度食事をするがいいか。何を食おうか。何を斷ち物とすべきかというような問題が起る。そして我々は、仕事を眞剣にやるのにそれを成就するため缺くべからざる順序を経るべきを忘れて到底それが不可能なるのと同じように、斷食をするにしても何處からそれをはじむべきか――何を以て食物の節制をはじむべきかを知らずしては出來ない相談なのである。
え、斷食だって?しかも如何にして斷食すべきかと、何からはじめるかという細かい分析までつくって於いては?此の思想は多數の人々には嘲笑すべく●的なものに見えるよう。
今でも私は覺えているが、修道院の禁欲主義を攻撃していた福音傳道師が、彼のオリジナリティについて得意顔に私に向かって斯う云ったことがある。『我々の基督教は斷食や困窮の基督教ではなくて、ビフテーキの基督教なんである。』と。基督教、或いは一般に徳――而してビフテーキ!
長い長い暗黒時代、異教と云わず基督教と云わず総ての指導者が失われその間、多くの蠻的な不道徳な考えが我々の生活中に侵入し來り(特に善生涯での第一段と云う最低の域にまで來て――誰それに注意を向けない食物關係にまで割込み來り)、為めに我々は今、基督教乃至は徳とビフテーキを結び合す議論のその大膽不敵さ加減とその無感覺とに氣さえつかない程になっているのである。
我々は此の二つの聯想を單に見慣れぬものが我々に起ったというだけで驚かない。若し我々が一瞥するのみにて注視せぬとする。一聞した丈けで聴取しないとする。然る時は、においもなければ音も無く、その不馴れな人にびっくりさせる或る物に氣を止めずにいる人ほどには馴れ切って了まえない人には、實持って奇々怪々なその事柄も無いのである。道徳の領域に於いてもまたその通りなのである。基督教と道徳のビフテーキとの結合の場合はまさに然り。
數日前、トウーラの我々の町に於ける屠殺場を参観した。其処では出來るだけ動物に苦痛を與えないという見地から、大都市でやっているような新式な改良された建物になっている。復活完息日の二日前の金曜日であった、澤山の家畜がそこに居た。
是より曩(さき)、傑作の書『食物倫理』を讀んで、屠殺を観たいものだと思っていた。というのは自分の眼で親しく彼の菜食主義が論議される時に起る問題の實際を視察する為めであった。然し乍ら、まず私はそれをすることが恥ずかしいと思った。丁度それは誰でも常に何處かでその受難が起っているが、扨(さ)てそれを避けることの出來ぬその苦難を見に行くのがつらいという経験だ。それで私はそこの参観を長い間躊躇していたのである。
然るに少し前に私は、その家を訪ねたあとツウラに帰ると屠殺者と途で遭った。彼はまだ新米の屠殺者で、その役目は小刀で突き刺すそれであった。私は彼に向かって、自分が殺したいということでその家畜に済まないという氣がしないかと訊いてみた。彼はそれに對して月並な返事をした。『済まんも何もあったもんですか。それが必要なんですもの。』然し私は彼に向かって肉を食うことは必要でも何でもないということを語り聞かせ、それはただ贅澤に過ぎないのだと云ってやると、彼は成程と頷いた。そしてそれから彼は實は家畜に對して済まんと思うということを白状した。『ですがそれで私は何うすればいいのです?私は麺皰を得なければ干ぼしになりますからね。』と斯う彼は云った。『第一私は殺すことが恐ろしくて(ヽヽヽヽヽ)仕方がありません。私の父は一生涯中ついぞ雛っ子一羽手にかけて殺しやしませんでした。』露西亜人の大多數者は殺すことは出來ない。彼等はあわれみを知っている。そして『恐れ(ヽヽ)』という言葉でその感情を吐露するのである。此の男はやはり恐ろしがって(ヽヽヽヽヽヽ)いた。併し彼は長くはその状態にいなかった。彼が私に語るのを聞くと、仕事の大部分は各金曜日に行われ、その日は夜まで仕事が續けられるということである。
是もそう長くない前の話だが、これも一人の屠殺者なる退役軍人と話したことがある。彼も亦はじめは殺すことは残忍なことだという私の主張に驚いていて、それはそういう定命なんだと云う月並みなことを云っていたが、最後に彼は私の次の言葉に同意した。『奴等がおとなしくって馴れている場合は、特にそう感じないか?何しろ奴さん達何も知らずにお前をたよってやって來るだろう。可哀想じゃないか。』
是は實に恐ろしい事だ!と云ってもそれは動物の受難と死を云うのじゃない。人間が彼自身のうちに於いて不必要にも彼最高の霊的能力――彼自身に似通う生きた動物に對する同情とあわれみのそれ――を抑制するという一事に就いて云うのである。しかもそれに止らず。彼自身の感情を亂して残念にするという事に就いてである。してまた如何に深刻に人心裡に彼殺す勿れの警戒が刻まれていることであろう。
曾って、莫斯科(モスクワ)から歩いた時(註、彼が莫斯科に冬の間滞在して春になってヤスナヤ・ポリヤナヘの帰途、毎度トルストイは汽車に乗る代りにザット百三十哩以上の道程ヲ徒歩で帰るのであった。でセエルパウホフはその途中の一驛の名である)木を持って來た近所の森林へ行くセエルパウホフからの荷馬車曳によく乗って呉れと云われたものだ。それは丁度復活祭の前の木曜日だった。酒を飲んだと直ぐわかる強そうな赤ら顔の素朴な馬車曳と一緒に先頭の車に私は乗った。とある村に入ると直ぐ我々は、よく太った、毛のない、淡江色の豚が、今し屠殺されようと前庭から引きずり出される所を見た。豚はまるで人の叫びのような恐ろしい聲を張り上げて泣いていた。丁度我々がそこを通りかかる時人々は豚を殺し始めた。一人の男は小刀で豚の喉を大きく切った。豚はますますを大聲を出してまるで突き刺すような聲でひいひい泣き叫んだが、とうとう人手から逃れて血まみれになったまんまで駆け出した。まざまざとその場を見た私はもうその他のこまかしいところは観察するに忍びなかったのである。ただ私は人間らしい淡江色な肌を見て、その絶望的な叫び聲を耳にした丈けであったが、荷馬車曳はその細いことを観、注意してそれをじっと見ていたのである。人々は豚をつかまえ、たたき倒し、咽喉切りを完成した。その叫び聲が止んだ時、件の馬車曳は重々しくため息した。『ああ、こんな事して人は實際罰を受けんもんかなあ?」と彼は云った。
人が殺戮を嫌うことは斯く強烈なものだ。然るに實例により、貪婪心を刺激することにより、神がそれを許し給うと云う主張により、就中、習慣によって、人々は此の自然の感情を全然なくして了う。
金曜日に私はトウーラへ行こうと決心した。そしておとなしい深切な私の知合に逢って、一緒に行かないかと云ってみた。
『そう、私は設備が行届いているということを豫ね々々聞いているので、いつか行ってみたいとは思ってましたが、若しも家畜が屠殺されてるなら、とても私は這入れませんね。』
『何うして、這入れないの?それがちょうど私の見ようとするものではないか。若しも我々が肉を食うなら、それは殺されなきゃならない筈だ。』
『いえいえ、私は出來ない。』
此の男が遊猟家であって、彼自身禽獣を殺戮する人だということを念頭に置く時これは却々味のある話である。
そう斯うして我々は屠殺場に行った。入り口で既に人は重苦しい嫌な鼻を突く臭氣を感じて來るが、それは大工さんの膠か、膠上のペンキよろしくの臭氣である。我々が近づくに従ってその悪臭がひどくなる。建物は赤煉瓦で、大きく、幾つも丸天井があり、高い煙突が幾本も建っている。彌々我々が門を入った。右手には體裁よく圍われた構内があって、廣さは一エーカアの四分の三ほどはある―― 一週二回家畜が賣られに此處に追い込まれる――即ちアーチ型の入り口、勾配のあるアスファルトの床、死體を動かしたり吊り上げたりする為めのいろんな仕掛を備えた部屋である。門衛の壁に面した屠殺者が血だらけのエプロンをかけて、是も矢張り血塗られた筋骨たくましい腕をまくしあげた袖の下だけ出して座っていた。彼等は丁度半時間ばかり前に仕事を終えた所なので、結局我々はその日ただ空の室を覗くことが出來ただけである。假令此等の部屋々々は南側に開け放されてはいたけれど、暖かい血の胸ぐるしい臭氣が漲っていた。床は褐色に光っていたが、それは孔に凝結した血のせいである。
屠殺者の一人が殺生の次第を語り聞かせ、その殺戮の行われる場所を見せに我々を案内した。私は彼を充分よく了解しなかった。そして私は悪しくしてまた甚だ恐るべき観念を、這般動物どもの殺される道程に就いて形作っていた。私は斯う想ったのである。屡々ある事だが、實際は想像よりも更に弱い印象を私には起しそうだと。だが此處で私は間違っていたのである。
次にまた私はその屠殺場を訪れた。私の行ったのはいい時であった。復活主日前の金曜――六月の暖かい日であった。膠と血のにおいは最初訪問した時よりも更に強烈に更に滲み渡るのを覺えた。仕事はやられてる最中であった。きたない塵だらけの構内に家畜は一杯いた。そして動物は部屋内の総ての柵中に追いやられた。
入口前の通りには荷馬車が幾つも置いてあって、牡牛や犢(こうし)や牝牛などがいっぱいつけられていた。駄馬にひかれた他の荷馬車は、生きた犢を滿載していたが、その犢等は首をうなだれ、揺すぶられ、ならばせられて下(おろ)されるのであった。同じような荷馬車はまた牡牛の死體を容れているが、眞赤に尖る兩の肺臓の首ったまや眞赤な血潮の河にびくりびくり動く足が突張って屠殺所から駆り出されていた。垣根に沿うて家畜賣買業者の家が建っていた。そして彼等自身長い衣物を着て、その手には鞭と杖とを持って構内を歩き廻っている。自分所有の目じるしをタールでつけたり、取引したり、或いはまた彼部屋々々に導かれる構内へ大きな庭から牡牛等を誘い出す為めであった。此等の人達は明かにみんな金銭事と勘定づくで先入主となっていて、此等動物を殺すは正か不正かというような問題と没交渉なこと、恰も彼部屋々々の床を覆う血の化學的構成に就いて何等疑問なきと同様であったのだ。
屠殺者は一人も外に見えなかった。今し彼等はみんな部屋内で仕事をしているのである。その日は百頭ばかりの家畜が屠られた。私が丁度一つの部屋に入りかけて姑く扉のところで立ち止まった。というのは第一にまだ動き廻っている死體で部屋がいっぱいになっていたのと、血が床を川と流れ上からぽたりぽたり落ちていたからであった。総ての屠殺者は血で塗られて其處に居た。それで私も入ろうものならその血で穢れることは必條であった。或る者は下に置かれた死體をぶら下げた。他の者は扉の方へ行った。第三のものは、屠られた牡牛をば、そのおっ立った白い脚を以って横たえていた。その間に他の屠殺者は強い手でその堅くはった皮をびりびり剥がして行くのであった。
私が立っていた扉の向側から、大きな赤いよく太った牛が曳かれて入って來た。二人の男がそれを引きずって來たが、それが入るや否や私は屠殺者が小刀をその首に加え之を刺すのを目撃した。件の牡牛は、まるで四足を急になくしたもののように、どっかとその腹を地につけ、忽ちにして一方にひっくり返り、その足とその臀部でじたばたしだした。すると直ちに他の屠殺者が反對側から牡牛のじたばたする足部に身を踊らせていき、その角をおさえ、その頭を地に捩じ伏せた。其處を他の屠殺者が小刀を振って咽喉を切った。首は下から赤黒い血をほとばしらせたが、その血の流れをば赤く血塗られた少年が來て錫製の水盤に受けた。斯ういうことが牡牛に行われている間、牡牛は絶えず起き上がろうとするが如くにその足を振わせていた。そしてその四足をば空中に動かした。水盤は忽ちに一杯になったが、牡牛はまだ生きていた。そしてその胃はおもおもしく動めいて、前後の脚は屠牛者が離れて持っていた程烈しく揺すぶった。一つの水盤が一杯になった時、少年はそれを頭に載せて蛋白工場へ運んで行った。入れ交わりに他の少年がまた別の水盤を持って來るとそれも立ち所に一杯になったが矢張りまだその牡牛の體は波打ちその後脚は動いていた。
流血が止んだ時、屠殺者はその動物の頭を起し、今度は皮剥ぎにかかった。しかも尚その牡牛は身をことを止めなかった。首は皮を剥がれて、赤と白の筋を見せていた。そして屠殺者によって與えられた位置を保っていた。即ち兩側に皮がぶら下がっていたのである。それにも係らず、動物は踠くのを止めなかった。そこで他の屠殺者が脚一本を押さえてへし折り之を切りさった。所が残りの三本足と腹部はなおその動揺を續けていた。斯くて他の足も切り去られ、同じ所有主の他の牛のそれらと一緒に傍に置かれた。やがてその死體は巻き揚げ機械に掛けられ引きずり去られ、その動揺も止んだ譯である。
斯くして私は扉の所から、第二、第三、第四の牡牛と見て行った。がどれもこれも同じ様子であった。舌噛みしめた首を切り去るのも同じように、また彼四肢五體の同じうごめきが其處にあった。ただ違うのは、そううまく一打ちで屠殺者が動物を打ち倒すという譯にばかりは行かぬ事で、ある時はやり損なって牡牛がはね上がり、吼えたけり、血まみれになってい乍ら逃げようとしたりする事もあったがそういう時にはその頭が閂の下に引き据えられ、第二撃を食ってぶっ倒れるのであった。
その後で私はその牛どもが導き入れられる方の扉口に沿うて入って見た。此處で私は同じものをより近く、従ってまたよりはっきりと視たのである。然し乍ら、主に私が此處で見たのは曾って見なかった所のもので、牡牛どもが如何に強いられて此の入口に入るかということを知った。いつでも牡牛が先ず柵内で摑まえられ、その角に縄をつけて引っぱり出されるのであったが、血のにおいを嗅いで前進を拒むのである。それで或る時は吼えたけり、後に戻ろうとしてしりごみをするのである。その引く力は二人力以上だから、屠殺者の一人はいつでもその後に廻り、牛の尾をひっとらえ軟骨がばりばり音を立てる程烈しくふり動かしてやっとの事で前進するのであった。
或る一人の所有者の家畜相手の仕事がみんな済んで、彼等は次ののに取り掛かることになった。次の籤の第一に当たったのは、ただの牡牛でなくて種牛だった――立派な、よく太った、黒色の、足に白い星のある、若い、堂々とした、精力に充ち滿ちたものであった。それが引きずられてやって來たが、首を下げて頑強に拒んでいた。その時後ろから來た屠殺者はまるで機関手が警笛の頭を握ると云う格でしっぽを握って之を捩った。軟骨がぽりぽり鳴った。そこで種牛は綱を持った人たちをひっくり返すまでに猛然と躍進したのである。やがて止った。その黒い眼で四周を眺めながら。其處には皿で一杯になっている白いものがあった。が再びしっぽを音させた。其処でまた一躍した種牛は、丁度註文の場所に達したのである。打ち手は近づき、ねらいを定めて之を打った。がその一撃はしくじった。何かは以てたまるべき、種牛は跳ね上り、吼えたかり、逃れて後方へ突進した。その扉の道にいた人々はみんな側に飛び寄ったが、物馴れた屠殺者は危険に馴れた人々の威勢で以て、直ちにその綱を捕らえ、再びしっぽの牡牛が部屋に戻され、閂の下にその首を引き据えられ、もはや如何ともすることが出來なかった。打者が素早く、星のような毛の分れ目の一點に狙いを定め、流血颯とほとばしる中にそれの見事に打たれたのを知った。斯くして生命うちに充實していた立派な動物は倒れた。そして流血の續く間、首から皮が剥がれる間その首と脚部とが動めいていたのである。
『見やがれ、いまいましい悪魔奴が落ちるにだって眞直ぐにや落ちなかったぞ!』屠殺者がその皮を首から剥がし乍らぶつぶつ云っていた。
五分間後にその首は黒の代りに眞赤になって皮を剥がれて突っぱっていた。五分前には實に見事な色で光っていたその兩眼が、じっとなったままどんよりと硝子張りのように化していた。
その後私は小動物の屠殺場に當てられた部屋に行って見た――大きな部屋で下はアスファルトの床である。ついたて付きの卓上で羊や續が殺されるのである。此處では丁度仕事が済んだ後であった。血のにおいがしみ込んで長い室内には、たった二人の屠殺者しか居なかった。一人の男は死んだ子羊の足に息を吹き入れ、その手で膨らんだ腹をなでていた。他の男は血にまみれたエプロンをかけて、曲がった紙巻き煙草をくゆらしていた。重くるしい臭氣に滿たされた長い暗い部屋内にはもう此の外何もなかった。私の後から一人の男が入ってきたが、見た所軍人の古手で、若い二歳の牝羊を持って來た。その首に白點のある黒で、その足は結わえられていた。彼はまるで寝床へでも置くようにして一つの卓上にその動物を載せた。老軍人は屠殺者二人に挨拶したが、明かに懇意な間柄であるらしく、いつ暇になるんだぇと尋ね出した。紙巻煙草の方が、卓の端で鋭くされた小刀を手にして近づき乍ら休日には休めるという答であった。生きた牝羊はまるで死んで膨らんだもの見たいに横になっていた。もしその短い小さいしっぽをはきはき動かしたり、その脾腹をいつもよりも速く波打たせてさえなかったらまるで死んだ者だった。軍人はそのもたげようとする頭を力を入れずに軽く押さえつけた。依然として話し乍ら、屠殺者はその左手で牝羊の首を握って、咽喉を切った牝羊はぶるぶる震えた。小さいしっぽがしゃちほこ張り動くのは止んだ。血の流出を待ち乍ら彼は一旦火の絶えた紙巻煙草に火をつけはじめた。すると血は滾々(こんこん)と流れ出してきて牝羊はその身を踠きはじめた。些しの障碍も受けずに二人の會話ははずんで行った。もうそれは身震いする程いやな事だった。
*   *   *   *   *   *   *
それから考えさせられるのだが、 日々無數の料理場で、牝雞や松雞がその首をはねられたり血を流したり、或る時は滑稽に、或る時は恐ろしく、ばたばたその羽を動かしたり、ぴくりぴくりと動かしたりするそれらに就いては果して奈何?
しかも見よ。深切な、たしなみある貴婦人が、いい事をしているつもりで、同時にま二つの相反した命題を主張しながら、此等動物の死體をがつがつ召し上るであろう。その二つの相反した命題とは、第一が、彼女の主治医が彼女にそう思い込ました如く、植物性の食物ばかりで栄養をとって行くには彼女の體質ではちと無理だということで、つまり體質が弱いから肉食は是非缺くことの出來ぬものだということである。そして第二は、彼女があまり神経過敏だから、彼女自ら動物に苦痛を嘗めさすことは出來ないのみならず、その苦悩の現場を見ることさえ堪えらるるものではないという事である。
だから可哀想な此の貴婦人は、人間に不自然な食物を食うて生きるように躾けられた故に確實に弱く、彼女はまた動物殺戮を犯すことを全然避けることが出來ないという羽目に陥っているのである――何となれば彼女は動物を食うからだ。

我々は是を知らないものなどと白ばっくれることは出來ない。我々は頭隠して尻隠さずの駝鳥じゃない。若しも我々が我々の見ることを欲しないものを拒んで見なかったなら、そのものは存在しないのだなどと信ずることは出來ないのだ。で我々が見ることを欲しないものが、則ち我々の食わんと欲する者であるという場合は特に然りである。若しも眞に不可缺なものならば、乃至は、若しも不可缺ではなくても少なくとも何かに有益だとなれば・・・だが、それは全く不必要なのである。(トルストイ自らの註に曰く、此の事に就いて疑うものは、幾多科學者及び医學者に依って書かれた該問題に關する數多き書0を渉獵せよ――たとえばエー・ハイグ博士の小冊子『常食と食物』の如き、乃至は『病氣の因果報中一要素として尿酸』に關する彼のそれより大きい科學書をひけ――此のうちに於て肉は人の滋養には必要なものではないことが證明されている。そして彼等をして彼舊式な醫者達の云うことに耳を傾けしむる勿れ、彼等はただ單に彼等の先輩及び彼等自身に依って長い間そう認められていたという丈けで肉は必要だという主張を墨守している。また彼等は総て古いもので傳統的なものが常に保護されるように、一生懸命で且つ悪意を持って彼等の意見を防御するのであると。アイルマア・モードの註に曰く、まさに此等文章の出版に用意している最中、トルストイから手紙が來て如上ハイグ博士の著書に關する例證をつけ加えて呉れるようにとのこと、故を以て此の論文の最初の版にはトルストイの此の註は缺けているのである。)そしてただ役立つのは動物的感情を高めることであり、慾望を刺激することであり、密通と暴飲とを促進することである。そこで是は引續き次の事實によって確實なるものとされるのである。それは若い深切な上品な人々――特に婦人及び娘等――が、それが論理的にどう進むかという先を知らずに、道徳がビフテーキと兩立し難いことを感じ、彼等が善良であろうと期するや否や止めて了わなければならぬ事は肉食だと感じている事だ。
然らば、私の言わんと欲する所の物は何か?道徳的人たらんが為めに肉食するのを止めなければならぬという丈けか?缺してそうではない。
私はただ斯う云おうと思う。善生涯には善行為のある順序を缺くべからざるものであると。即ち若しも正しき生涯に人の願望が眞剣であるならば、彼等は何うしても一つの定まった連結を辿らなければならぬということである。更に此の連續に於いて人の向かって努力すべき第一の徳は自制であり克己であろうということである。そうして自制を求めて行くならば人はどうしてもある一定の連續を追わねばならず、その連續に於いて第一は食物上の自制――斷食だろうと思う。次にその斷食に於いて、若しも彼が本當に眞面目に善生涯を送ろうとしているならば、彼の斷ちものとすべきは常に動物的喰物の使用であろう。何となれば這般の喰物によって起る激情の發作に就いては喋々しないとしても、その使用は端的に不道徳である。というのは道徳的感情に反對な行為――殺戮――の完成をそれは含んでいるからである。しかもそれは趣ある喰物を要求する慾と貪婪とに依ってのみ高まっているのだ。
動物的喰物を斷つということが斷食の第一行為でありやがてまた道徳的行為の第一のものであるという詳細の理由は、『食物倫理』に驚嘆すべき程證明されている。そして唯一人に依ってのみならず、全人類に依って、所謂人道の眞面目なる生涯中その最善のあらわれとしての人格裡にそれが説明されているのである 。
然し乍ら、若しも動物を食うことの害悪――即ち不道徳――が、長い前から人類に知られているならば、何故に人々はこの法則を認容することにまで至らなかったのか?理性に依ってというよりも、與論に依って導かれるように馴らされる人々は斯うして質問するであろう。
此の問いに對する答えは斯うだ。人類の道徳的進歩――如何なる種類の進歩でも是をその基礎とする――は極めて遅々たるものである。がまた同時に、眞の進歩、偶發的のそれではないものの標識は、その途中で妨碍されぬことであり、そしてその連續的な加速度なのであると。
しかも菜食主義の進歩は此の種類のものである。前述の著述に引用された著述家數氏の言葉に於いても、はたまた多くの原因からして無意識に段々々々と食人的風習から菜食に移りつつある人類の實際生活に於いても示された彼進歩は、同じように疑うべからざる力をしめす運動に於いて同様の経過を踏んで行っているのである。そして此の進歩は段々々々擴大されている――即ち菜食主義にまで。此の運動は過去10年間に急速の進歩を遂げた。單行本、定期刊行物孰れにも是を主題としたものが毎年々々その數を増しつつある。投々人は肉を止めましたという人達に出逢わすようになって來た。そして外國でも特に独逸英國米國に於いて菜食料理の旅館及び精進料理屋の數が年一年と増しているという有様だ。
此の運動は地上に神の王國を建設する努力にその一生を捧げる者には特殊の喜びを喚起する。 というのは菜食主義がそのものに於いて該王國への重要なる段階だという意味からではなくして(総ての眞の段階は重要でなければさほどでもないものかの二つに一つである)、それが道徳的完成の人類の願望が眞面目であり眞剣であるという事の標識となるものだからである。なぜそのしるしになるかという説明は第一段階を以ってはじめて、それに自然な何うしても他を以て喚うべからざる順序を取ったからだと云える。
人は是に就いて喜ぶことを忘れてはならない。恰もそれは家の最上階に達しようとしても有益な試みをなし、または出たらめに他の點から壁に這い上る努力をし抜いた後、遂に階段の第1段から経昇ることになり、その方へ集り、此の階段の第一段を上らずには最上階へ上る道は絶對にないと知った人々を悦んでやることを誰も忘れないと同じ譯合である。 完
――ホワァド・ウィリアムスの『食物倫理』の序――           (千八百九十二年)
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