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トルストイ著「我等何を為すべき乎」21-30

我等何を為すべき乎
トルストイ著 加藤一夫譯 春秋社
二一
常に奴隷にされて居た奴隷自らが、彼等自身の地位を了解しないと言うことも、彼等が常に住み慣れて居たこの境遇が彼等によって人類の生活に自然である様に思われたと言う事も、そして彼等がその奴隷制の形式の何等かの変化を、ある救拯として慶んだと言うことも、凡て皆怪しむに足りない。また奴隷所有者が一つのネジを弛めることによって幾分なりとも奴隷を解放して居るのだと――他のネジの過度の緊張のためにそうなさざるを得なくされたのだとは言え――真面目に想えたものも敢えて怪しむに足りない。
幾方ともその自らの状態に慣れて来たのである。そうして奴隷は自由の何であるかを知らないところから、ただその緩和だとか、境遇の変化だとかをばかり求めて居る。他方その奴隷の所有者は自らの不正を覆わんことを欲して、古い奴隷制の代わりに強いるところの新しい奴隷制に特殊な意義を付帯せしめようとする。しかしながら、人民の生活の経済的状態の評価の如何に多くが、人民の全経済状態の根柢を形成するところのものを見誤ったと言う事は驚くべきことである。
人は真の科学の義務を、現象と続起する事変の一般的原因との関係を確かめることを欲するものであると考がえるを常とする。しかし近代経済学者の代表者の多くは全くこれとは反対をなして居る。彼等は注意して現象の関連と意義とを隠蔽し最も簡単にして実質的な問題に答えることを避ける。
近世経済学は怠け者の荷馬車馬の如く、苦しい仕事をもって居ない時に山を下る様なものに過ぎない。何か曳かなければならん様になると、直きにそれを拒む――自分の仕事の為めに何処か他所へ行かねばならぬ様に偽って……。何等かの厳粛なるそして実質的なる質問が経済学に向けられる時には科学的論議は注意をこの問題から外らす様な他の事をもって来る。
君は問う。『ある人々がただ他の人々の心持ちのままに食ったり働いたりすることが出来ると言う、そんな不自然で奇怪で、不合理でそして不必要であるばかりでなく、むしろ有害な事実を何と説明すればよいか』と。
君は厳粛に答えられるであろう、『何故ならばある人々は他人の労働や生活を処置しなければならないから。斯くの如きは生産の法則である』と。
君は問う。『ある人々に、他人のものである土地や食物や労働の道具等を使用することを許すところのこの財産権は何であるか』と。君はまた厳粛に答えられるであろう、『この権利は労力保護の上に置かれて居るのだ』と。即ちある人々の労力の保護は他人の労力を占領することによって得られると言うのである。
君は問う。『至るところに於いて政府及び官憲によって鋳造せられ、捺印せられ、そしてかく法外に労働者に向かって要求し、そしてまた国債の形で労働階級の来るべき時代の上に課せられるところのこの金銭とは何であるか。更に進んでは、最高限度にまで高められたる租税の形で人民から取り立てるこの金は、人々の経済的関係――支払う人と受け取る人との間の上に何等かの影響を与えはしないか』と。そして君はまた非常な厳粛さをもって答えられるであろう、『金はたとえば砂糖だとか更紗だとかの様な商品である。それが他の品物と異なるところはただ交換するのにもっと便利であると言うことに過ぎない』と。
人民の経済的状態に於ける租税の影響に関しては全く別問題である。生産や交換や富の分配などは一つのことである。しかし課税は全く別である。君は、政府が勝手に物価を高めたり低めたりし能うと言うことや、税率を高めて土地を有しない凡ての者を奴隷となし能うと言うことは、人民の経済的状態の上に何等の影響も与えないかどうかを問う。尊大なる答えはこれである。『生産や交換や富の分配の法則は一つの科学――経済学――を構成する。租税及び一般に言うところの国家経済は他の種目――財政法――の下に来る』と。
君は最後に問うだろう。『凡ての人民がその政府に縛られ、そしてその政府は勝手に彼等凡てを破滅せしむるを得、人々をその職業から軍隊的奴隷制にまで携え行くことをさえ為し得る事情は経済的状態の上に何等の影響もないか』と。すると君は答えられるであろう。『これもまた、国法に属するところのものだから、全く異なった問題である』と。
科学の代表者の大多数は、人民の経済的生活の方則を非常に厳粛に論議する。然るにこの生活の凡ての機能及び活動は圧政者の意思によって左右されて居る。彼等が圧制者の勢力を国民生活の自然的状態として認容するのは、ある批評家が異なる主人たちのもとに於ける人身的奴隷の生活に就いてなすのと全く同じ事をなすのである。労働者をして此の事彼の事に就いて無理に働かしめ、彼等の欲するがままに、一つの場所から他の場所へと追いやり、労働者を養うことも出来ればそうすることを忽にすることも出来、殺すことも出来れば、生かしておくことも出来ると言ったような、主人の意志のままにこれ等の奴隷の上に作用する勢力を考察の中に入れないとするならば……。
ある有害な迷信が長い間行われて居た、そして今も尚行われて居る――最も恐るべき宗教的迷信よりももっと甚だしい害をなした迷信が。
しかして謂わゆる科学なるものはこの迷信を全力をもって、また極度の熱心をもって支撑する、この迷信は非常に宗教的迷信に類似して居る。それは人と人との間の義務の外に、ある空想的な実在――神学者の謂わゆる神、政治科学者の謂わゆる国家――に対して更に重要な義務があると断定するところに成立する。
宗教的迷信は、この空想的実在に対して、犠牲甚だしきに至っては人間の生命をすら捧げねばならぬと探偵するところに成立する。政治的迷信は人と人との間の義務の他に空想的な実在国家に対する更に更に重要な義務がある、そしてこの空想的な実在に捧げられる献物――しばしば人間の生命――もまた非常に重要であって、凡ゆる手段によって、時としては暴力を用いてすら、それを強行せしめ能いまたしなければならぬと信じるところに成立するのである。
この迷信は最初は種々の宗教の僧侶によって激励されたが、今は謂わゆる科学なるものによって支撑をされて居る。
人々はかつて存して居たよりも更に悪いところの奴隷制のうちに、最も恐るべき奴隷制のうちに投げ込まれて居る。しかし政治科学は人々にそれが必要であって避くべからざるものであると言うことを説きおおせようとして居る。
国家は人民の幸福のために存在しなければならぬ、そしてそれはその人民を治め且つその敵から護るところの義務を遂行しなければならぬ。この目的の為めに国家は金と軍隊とを要する。金は国家の全人民から徴発しなければならぬ。それ故に人々の凡ゆる関係は国家の存在の光によって考えられねばならぬ。と言うのである。
『私は私の労働によって、私の父を扶けねばならなかったのです』と無学な普通人は言う。『私はまた結婚をしたかったのです。だのに私は六カ年も兵営生活をする為めにカザンに送られたのです。私は兵営生活から脱れました、そして私は私の家族を養わんが為めに土番を耕そうとしました。ところが私は私の持って居ない金を払わない限り、そして如何にして耕すかを知らず、それを得んがためには、私は私の全ての労働を彼等に与えねばならぬ程の――そんなに沢山の金を要求するところの人々にそれを払わない限り、私は私の周囲にある100ワァストの土地をさえ耕すことを許されないのです。しかも私は尚何物をか貯蓄しなければならないのです。そして私は私の貯蓄を私の子供にやりたいのです。然るにそこへ警官がやって来て、私の貯蓄して居たものをすっかり租税のために奪って行くのです、私はも少し儲けます、そしてまた奪われてしまうのです。私の経済的活動は全く国家の要求の如何によって左右されるのです。そして私の地位の改善や私の同胞のそれは、ただ国家の要求から自由にされた時にのみ来たる者の様に見えるのです。』
しかし彼は告げられるであろう。かかる推理は彼の無知の結果であると。
生産や交換や富の分配の方則を研究するのは良い、だがそれ等の経済問題と国家の問題とを混同してはならないと。
君が指摘する現象は毫も君の自由を拘束するものではない。しかしそれは、君もまた他の人々と共に君自身の自由と幸福との為めになさなければならぬ必要な犠牲であると。
『しかし私の伜は私から取り去られました』普通人はまた言うであろう。『そして彼等は、私の伜たちが成長するや否や私から取り去ってしまうと言って威嚇します。彼等は暴力をもって伜を取って行きました、そして私たちにはその何の為めであるかが分からない目的の為めに、彼をある国に追いやり敵の大砲の前に立たしめるのです。』
『そして彼等が我々に耕すことを許さない、そしてその為めに我々が飢えて居る土地に関して言うならば、暴力によってそれを奪ったある人、我々が今だかつて決して見たことのないある人、そして我々にはその人の仕事が何であるかさえ分からない種類の人のものである。そしてその租税は、(それを徴収せんがために警官が私の伜のところから暴力をもって牝羊を奪い去った)私の知る限りに於いては、私の牝羊を取って行った、その同じ人や私の知らないそしてその存在の利益を私の信じ得ない、諸々の委員会や省局の吏員のものとなるのである。
我々は人々を強いて、我々の奴隷たらしめ、彼等自身には害悪であると考えて居ることを行わしむることは出来る。しかしながら我々は彼等を脅迫して、暴力を忍びながら自由であると思わしめたり、彼が今悩んで居る明白なる害悪をもって彼の善福を構成するものだとは考えさすことは出来ない。
しかもこの出来そうにもない事が今日行われて居るのである。
政府、即ち武装せる圧制者は、彼等が圧制して居る人々に向かって自己の要求するものを定める。(英国やフィジィ島の場合に於けるが如く)彼は幾許ぐらいの労力をその奴隷に要求すべきかを決定する――またこの労働の果実を蒐つむるのに幾許の補助者を要するかを決定する。彼等はその補助者を、軍人や土地所有者や徴税吏の形でもって編成する。
かくて奴隷は彼等の労力を与える、そしてそれと同時に彼等は、彼等がそれを与えるのは、彼等の主人がそれを要求するからであるのではなく、彼等自身の自由と幸福の為めだと信じて居るのである。そしてまた、この国家と言う神への奉仕や血腥き犠牲は必要であり、この神への奉仕の他は自由であると信じて居るのである。彼等がこれを信じるのは、以前は宗教の名で僧侶によってそう語られ、今はまた謂わゆる科学の名で学者によってそう語られるからである。
しかしながら、かかる断定の索理であることを明らかにせんが為めには、我々は僧侶だとか科学者だとか自称する人々によって語られることを信じるのを止めねばならぬ。
他人を圧制する人々はこの圧制は国家の為めに必要だ、そして国家は人々の自由や幸福の為めに必要だと言う事を彼等に断言する。そんなことからして、恰も圧制者が人々の自由の為めに人々を圧制し、そして人々の幸福のために害悪を行って居るかの様に見える。しかしながら人々は何処に彼等の幸福が成立するかを了解し、またそれを喜んで行わんが為めに理性を付与されて居る。
その善なることが人々によって理解されないのにも拘らず、暴力をもって知られるが如きかかる行為は彼等の善と成ることは出来ない。何故なればある合理的な存在者はただ彼の理性に善だと見えるものばかり善だと思惟するからである。若し人々にしてその情欲や愚痴のために害悪に追いやられるとも。そうされない凡ての人の成し得ることは、人々の真の善が何によって成立するかを説示することである。君は人々に、彼等の幸福は、彼等が凡て軍人となり土地を奪われ、その全労力を租税のために与えてしまった時に一層大であろうと言うことを説き進めようとする。しかし凡ての人々がこの条件を彼等の幸福と思惟し、喜んでそれを行うに至るまでは、物のかかる状態を以って人々の一般的幸福とは称することを得ない。
人々の善福の唯一の標準は、人々が喜んでその条件を受け入れると言うことである。そして人々の生活はかかる行為でもって充たされて居る。労働者は一緒に働かんがために共同で道具を買う、そしてそうすることによって彼等は疑いもなく自らを利して居る。しかしながら我々は、若しこれ等の十人の労働者等が暴力をもって第11人目を彼等の協会に合せしめねばならぬ時に、彼等の共通的幸福は彼にとっても同じであると主張するであろうとは想われない。
友人相互の間で一人1ルーブルずつの出金晩餐会を開くと言うことに同意した紳士に就いて言っても、何人もこの晩餐が、彼の意志に反して1ソバリンを払わされた人を利福すると言う事を断言し得るものはない。共同の利便の為めに一つの池を掘ることを定めた百姓に就いて言ってもこれと同じである。そんな池の存在がそれに費やされる労働よりも価値があると考える人々にとっては、それを掘ることは一般の善であろう。しかし池の存在は一日の収穫よりも――それだけ遅れるので――より価値の少ないものだと考え人にとっては、それを掘ることは悪のように見えるであろう。同じことは道路や教会や博物館やその他凡ゆる種類の社会的事業に就いて言うも同じである。
凡てかかる仕事はそれを善だと考え、そしてそれ故に自由に且つ自発的にそれを遂行する人にとっては善である。――かの紳士の開く晩餐会。百姓の掘る池。
しかし人々が暴力によって追い込まれる仕事は、かかる暴力の事実の故に明確に共通善たることを止める。これは全くしかく簡単明瞭である。若し人々がこんな長い間欺かれて居なかったならば、それを説明する必要のない程に……。
凡てこれは、人々が若しそんなに長い間欺かれて居なかったならばそれを説明する必要のない位、簡単明瞭である。
例えば我々が、ある村に住み、そしてその村の住民が我々にとって危険な沼地の上に高架橋を架設することに同意したと想像する。我々は凡て賛同する。そして各戸から金なり幾日の労働なりを与うべきを約束する。我々がこれに賛同するのは、この道を作ると言うことがそれと交換するものよりも我々にとって更に利益であるからである。然るに我々の間にはそれに金をかけるよりは道のない方が利益である、少なくともそう考える人もある。その場合、これ等の人々が道をつくることを強いることは、そうした人々を利益することになるかどうか。そうでないことは明らかである。何故ならば道をつくることに賛同することが不利益だと思うものはそれを強いられる時にはa fortiri(もっと強く)遥かに不利益だと考えるからである。また我々が全て、一人の除外例がなく一致して各戸から金や労働の提供を約束したとする、ところがそれを約束した者のうちの或る者がその境遇が急に変わって道に金をかけるよりも道を作らない方がより有利であるようになったところから、前に約束したものを与えないようなことが起こったとする。若しくは何等の理由がなくただ急に心を変えたとする、若しくは彼が金を出さなくても他の人々が道を作る故にそうしたら自分たちがそれを利用すればいいと算用するとする。これ等の人々を無理にその労働に引き入れることは、彼等をしてその犠牲が、彼等自身の善のために強いられて居るのだとは思わしむることが出来るか。
明らかにそうでない。何故なれば若しもこれ等の人々にしてその境遇の変化のため、今や道路開通のための犠牲が、これによって得る利益と釣り合いが取れないがために約束を果たさなかったのなれば、かかる強制的犠牲はただ益々悪い害悪だからである。しかし若し道路開通に合同することを拒む者の意向が他人の労働を利用しようとするにあるならば、この場合に於いてもまた、彼等を脅迫して犠牲を捧げることはある仮定に対する刑罰である。しかも何人も証明することの出来ない彼等の目的は、その未だ現れない間に罰せられることになるのである。しかし何れの場合に於いても彼等の欲して居ない仕事に合同することを強いると言うことは決して彼のために善ではない。
若しかくの如く、何人も了解することが出来、疑いもなく明白に何人にも有用であるところの沼地の上の道路開通の如きことに対する犠牲に於いてすらそうであるならば、ましていわんや軍隊的奉仕だとか租税だとかの如き了解することの出来ない、また思惟することの出来ない、ことによると疑いもなく有害であるところのものに向かっての犠牲を幾百万の人民に強いると言うことの不正にして不合理なることは言うまでもない。
然るに科学に従えば、凡ての人に悪であると見えるものが共同善なのであるかを知って居るところの少数の人々がある様に見える。そして彼等は凡ての他の人がこの善を一個の害悪だと考えて居るのに拘らず、一切の他の者を強制して彼等が共同善だと思える如何なる事をもなさしむることが出来る。そして実際、重なる迷信や主たる欺瞞を形成し、且つ真理及び善に向う人類の進歩を妨害するところのものはこの信仰である。
一般に政治学、特別に政治経済学の目的はこの迷信的欺瞞の哺育であったのである。
多くの者は人類に、そのうちに彼等が住んで居るところの抑圧と奴隷制との状態を隠蔽せんが為めにその目的を使用して居る。
彼等がこれをなし始める時には、社会的奴隷制の経済と関連した暴虐が自然的にその不可避的な害悪であると言う説を立てることによってなされる。そこで人々は欺かれ、そして彼等の不幸の真の原因から彼等の目をそむける。
奴隷制はつとに愛されて居る、それはローマに於いてもアメリカに於いてもロシアに於いても廃止されて居る、しかし実を言うと廃止されたのはほんの言葉ばかりである――害悪そのものではない。
奴隷制とはある人々をしてその欠乏を満足させるのに必要な労働から逃れさす暴力的解放である。ある人々から他の人々にまでの労働の移植である。而してまた他人が自意的に且つ好意的に働いて呉れるのではなく、ただ自分が働かなくても他人をして自分のために働かせることの出来る可能性を持つて居るところから、自分で働かない人の存するところに常に存在するものである。
凡ゆるヨーロッパの社会に於けるが如く幾千の人の労力を強制によって利用し、そしてそれを彼等の権利だと思惟するところでは、また、この強制に服従するところのものもまたそれを彼等の義務だと思惟するところでは、至るところにその最も恐るべき割合に於ける奴隷制がある。
奴隷制は存在して居る。然らばそれは何によって成立して居るか。奴隷制はそれが常に成立して居たところのものによって成立する。そしてそれなしには寸毫も成立し得ない。即ち弱者が強者若しくは武装せる者から脅迫されることによってである。
三つの根本的活動様式――人身的暴虐、軍隊奉仕、地主――をもち、軍隊の力によって保たれ、直接及び間接の租税を凡ゆる住民の上に課せるところの奴隷制は昔の如く今も尚行われて居る。
これ等の三つの奴隷形式はその真個の意味を我々から隠す様な新しい名分(ジャスティフィケイション)を受けたから我々にはこの事が分からない。
武装せるものの武装のない人民に対する個人的凶暴は国家を仮想国に対する防御として弁明される。――しかしその事実に於いては一つの古い意味をもって居る、即ち被征服者の圧制者への服従と言うことである。
労働者等の土地の暴力的召奪は、仮想的な共同善に向かってあらわされる奉仕の報償として弁明される、そして世襲の権利を持って確かめられる。しかし実際に於いては同じく人々からその土地を奪い、そして軍隊によって行われる奴隷化そのものである。
そして最後に、租税の手段によってなされる金銭的暴虐。我々の時代に於いて最も熾烈にして最も有効な奴隷制が最も驚くべき名分を受けた。
人々からその自由と善とを掠奪して於いて、それは一般的自由又は一般的幸福のためになされるのだと言うのだ。しかし事実に於いてはそれは同じ奴隷制である、ただ非人格的であるばかりである。暴虐が法律となる時そこに奴隷制が生まれる。
暴虐がその表白を、たとえば王侯がその朝臣と共に来たり、殺し、村々を焼き亡ぼすが如き事情のうちに見出そうとも、奴隷所有者がその奴隷から土地のために労働や金銭を奪おうとも、或いは武装する人間をもって支払いを強行せしめようとも、或いは他人に租税を課そうとも、或いは武装して村々を乗り回そうとも、或いは内部省が官吏や警官をもって金を徴収しようとも、―― 一言にして言えば暴虐が剣によって保たれて居る間は――そこには富の分配がない、ただ圧制者の間への堆積がある。
この断言の真理であると言う顕著なる解明としては、ヘンリィ・ジョォジの土地国有の計画が最もよく適合する。ヘンリィ・ジョォジは凡ての土地を国家の財産であると宣言し、そして直接及び間接の凡ゆる租税の代わりに地代を置き換えようと提出した。即ち、誰でも土地を使用する者は国家にその地代の価格を支払うべきだと言うのである。
その結果はどうなるであろう。土地は国家の所有に帰する――英国の土地は英国に、米国の土地は米国にと言った風に。即ちそこに耕されたる土地の量によって定まる奴隷制があるであろう。ある労働者等の境遇が改良されることがあるかも知れない。しかし地代に対する強制的要求の存する間は奴隷制もまた存続するであろう、耕作者は凶作のために強制的に徴集される地代を払うことが出来ないところから、金があったので一切のものをなくさないで済み、そして土地を保留しておくことの出来たところの誰かに自らを奴隷とするを得なくされるであろう。
若し桶が洩れるならば穴がなければならぬ。桶を検査して見て、我々は水が多くの穴から流れ出て居ると想像する。しかし如何に我々がこの想像的な穴を外からつめようとしたところで、水は漏れ止まない、漏れを防ぐのには我々はまず水が実際流れている穴を見つけ出さねばならぬ。そしてそれを内側から止めねばならぬ。
富の不合理的な分配を止めるために提出された方法に就いてもまた同じである。――富が人民から流れ出る穴。
労働者の組合を組織せよ、資本をして社会的財産とせよ、土地をして社会的財産とせよ、と言われる。けれどこれはほんのそこから水が流れ出て居るのだと我々が想像して居るそれ等の穴を外側から止めることである。富が労働者の手から非労働者の手に移るのを止めんが為めには、この水が漏っている穴を内側から見出すように努めねばならぬ。此の穴とは即ち、武装せる人間によって武装してない人間に行われる凶暴である、軍隊の凶暴である、その手段によって、人々はその労働や土地や労働の産物を奪われる。
他人を殺すべき、承認されたる権利を持つ一人の武装せる人間が存して居る限りはそれが誰であろうと――富の不正な分配、即ち他の言葉で言えば奴隷制が存在する。
私は自分の金がセミヨンの金と同様に善であると想像した事実からして、自分が他人を扶け得ると言う誤謬にまで導かれて行った。しかし私の金はセミヨンの金とは同様に善ではない。
一般の説に従えば、金は富を代表する、そして富は仕事を代表し、それ故に金は仕事を代表する。この説は、恰も、凡ゆる形式の国家はある契約(社会契約)の結果であると断言する説の正しいと言う意味に於いて正しいのである。
凡ての人は、金はただ労働の交換の手段であると信じたがる。私は長靴を作る、君はパンを作る、彼は羊を飼う、さて我々の貨物をもっと便利に交換せんが為めに我々は金を持ち出す。金は労働の相応の分け前を代表する、そして我々はそれによって靴の底皮を羊の胸肉や10ルーブルのパン粉に交換する。
金の媒介でもって我々の生産物を交換する、そしてこの金は我々のいずれにも属するものであって、我々の労働を代表する。これは完全に真理である。しかしそれの真理であるのは、この交換の行われる社会に於いて、ある人の他の人に対する暴力の行われない時のみに限るのである。暴虐、それは単に戦争や奴隷制に於いて起るが如き他人の労働に向かっての暴虐ばかりでなく、一人の労働の産物を他の人の労働の産物に対して防御するのに適用される暴虐さえ行われない時にのみ限るのである。これはただその成員がキリスト教的方則を完全に充足する社会に於いてのみそうであり得る。即ち人々がその要求するものを得、また彼等が得たところのものを返却すべく要請されないところの社会に於いてのみそうであるのである。しかし如何なる形式に於ける暴虐でも若しその社会に適応される様になれば、金は、その持ち主にとって、たちまちに、労働の代表者としての意義を失い、そして労働の上に立脚するのでなく暴虐の上に置かれたところの権力を意味する様になる。
戦争が始まり、一人の人が他の人から何かを奪うに至るや否や、金は常に労力を代表しない。兵卒がその掠奪物を売って得たる金は、彼の上官によって得たる金と同様、決して彼等の仕事の産物ではない、そして掠奪物に起因する労働として受けられる金とは全く異なった意味のものとなる。常に存在した如く、奴隷所有者と奴隷との存する限り、人は金が労力を代表するとは断言することが出来ない。女が幾分の晒麻を織った、そしてそれを売って金を受け取った。奴隷は幾許かの晒麻をその主人のために織った、そして主人はそれを売って金を受け取った。その何れの金も同じである。しかし一方は労働の産物であって、他は暴虐の産物である。それと同じように若しも誰かが――例えば私の父が――私に金の餞別をして呉れたとする、そして彼は私にそれを与えた時、誰もこれを私から取り去ることが出来ないと言うこと、また誰かがそれを取ろうとしても、若しくはほんのそれを約束の日に私に返済し損なったとしても、そうすれば必ず官憲が私のために防禦して、強制的にこの金を私に払わしめると言うことを私は知って居る。また彼も世の中の何人もこれを知って居る。けれどもそれと同時にこの金が、セミヨンが木を伐って儲けた金の様に労力を代表して居るとは決して言われないと言うことをも知って居る。
かくて、何等かの種類の暴力によって何人かの金が掠奪せられ、若しくは何人かの金の所有権が他人から防御せられるような社会に在っては、そこでは金は常に労力を代表することを得ない。かかる社会に於いては、それはしばしば労力を代表することもあるが、しばしばまた暴虐を代表することもある。
一人の人が他人の上に及ぼす暴虐のたった一つの事実が、完全に自由な世界に現出した時もしかりこうであろう。しかし今や、蓄積された金が色々な形式の暴虐の行われた幾世紀もの間を過ごして来た時に、金自らがその蓄積によって暴虐を創造した時に――それは何人も承認する――労働の直接の産物たる金があらゆる種類の暴虐でこしらえ上げられた金のほんの一部分をしか構成しない時に、金がその所有主の仕事を代表すると言うことを断定するのは明白なる誤謬である、若しくは白日下の虚言である。人はそうであるべきだと言うかも知れない、他の人はそうであると言うことは願わしい事だと言うかも知れない。けれど何人も決してそうであるとは言い得ない。
金は労力を代表する。然り、金は労力を代表する、しかし誰の労力を。我々の社会では金がその所有主の仕事を代表するのは極めて稀な場合ばかりである。殆んど凡ての場合それは他人の労力を代表する、――人間の過去及び将来の労力を――。それは暴虐の力を持ってする他人の労力に対する要求を代表する。
最も精密なる、そして同時に最も単純なる定義をもってするならば、金は他人の仕事を使用する権力――若しくはむしろ可能――を貯えるところの集団的な記号を表す。その理想的な意味に於いては金がこの権力若しくは可能を与えるべき場合はただそれ自らが労力の代表として働く時、若しくは、如何なる種類の謀略も存しない社会に存在し得るが如き場合にのみ限るのである。しかし暴虐がある社会に行われるに至るや否や、即ち怠惰者が他人の労力を利用する様になるや否や、この暴虐の働きかける人々の制限もなく、何人の労力もこの金によって使用される。
地主はその農奴に若干の晒麻や穀物と家畜や或いはそれに準じたる金をもって来させて一種の年貢の形で彼等に課税する。ある家族は家畜を渡した、しかし晒麻は金で代えられた。地主がその幾許かの金を受け取るのは、彼はその金をもって同量の晒麻を買うことが出来るのを知って居るからに過ぎない。(大概の場合彼は同量の晒麻を得るのに確かだと言うところよりは幾分余計の金をとる)そしてこの金は明らかに地主に他人の労働によって出来た晒麻を捧げる。
農民が金を与えるのは、その金の値に相当する晒麻を製造するところの未知の、しかし無数の人々に保証として出すのである。晒麻の製造業に従事する人々は羊を飼養することに成功せず、そしてこれが為めに金を払わなければならない様な破目になったからそうしたのである。そして百姓が羊の代償として金をとるのは、その年不作であった穀物のために金を払わなければならないからである。その同じ事は国家にも全世界にも行われる。
ある人が彼の過去現在若しくは未来の労働の産物、時としては食料をさえ売るのは、ただ主として金が彼にとって便利な交換であるからばかりでなく、――彼は金がなくとも交易することが出来る――彼の仕事の保証として金を与えることを暴力を持って要求されるからである。
パロが彼の奴隷に労働を要求した時には、奴隷は彼にその労力を与えた、しかし彼等はただ過去及び現在の労力を与えることが出来た、そして未来のそれを与えることが出来なかった。然るに金銭的表号及びその結果たる『信用』の拡付と共に、金の代わりに未来の仕事をまでも与え得る様になった。
社会に於ける暴虐の存在と共に、金は人心的奴隷制に変えるに非人身的奴隷制を新たに構成するに至った。ある奴隷制はピョートルやイワンやシドールの労力に対する権利を要求する、しかし金が凡ゆる人から要求される時には、金の所有者は常に金に欠乏して居る凡ての知らない人々の労働にも要求を置く様になる。金は奴隷所有者がその権利をイワンの上に振るうところの奴隷制の苦痛多き部分を除去する。しかしそれと同時にまた、人身的奴隷制の重荷を和らげるところの所有者と奴隷との間に於ける凡ゆる人類的関係を除去する。
恐らくかかる状態は人類の進歩発展のためには必要であると言う説に就いては私は今ここに論じないであろう。――私はそれを拒みはしない。私はただ金の概念を明白にさせることを努めて居るのである。また私が金を労力の代衣として受け入れる様になった誤想を発見しようと努めるのである。金が労力の代表でなく、最も多くの場合それが暴虐の代表である、若しくは特に暴虐の上に築き上げられたる複雑なる詭計に過ぎないと言うことを、私は経験によって確信する様になった。
我々の時代に於いては、金が労力の代表であると言う好ましい意義は既に全く失われてしまった。かかる意義は例外の場合には通用する、けれど一般にはそれは他人の労力を利用する権力若しくは可能力となってしまった。こうした金や信用や諸種の習俗的記号やの拡付は益々この意味を確かめる様にした。まことに金は他人の労力を使用する可能力若しくは権力である。
金は新しい形式の奴隷制である、それが古い形式の奴隷制と異なるところは、奴隷に対して何等人類的な関係を持っていない非人格的なところに在る。
金は金である、常に定まって価格の等しい、そして常に全く正当で合法的で、そしてこれを使用することは奴隷制に於けるが如く不道徳だとは思惟されないところのものである。
私の若かった自分にロットオと言う遊戯がクラブに輸入された。凡ての者は熱心にその遊戯に耽った、そして噂された通り、多くのものはその幸運を失い、家族を破滅させ、自分に委託された金を失い、公債証書を失い、遂には自分で自分を銃殺するに至った。そこでその遊戯は禁じられた、そして今も禁じられて居る。
私はかつて一人の年取った荒れすさんだ骨牌師(カードプレイヤー)に会ったことがあるが、彼が私に、特にこのゲームの幻惑的なところは他のゲームに於ける場合とは異なって誰を撃って居るのかを自分でも知らないところにあるのだと言ったことを覚えて居る。仲間は銘々に金と交渉しない、しかし計算人との交渉である。全ての人は些少の賭け物を失う、そして悲しみを表示しない。それは至る所で正当に禁止されて居るところのルーレットに就いて言うも同じである。
金に於いても同じである。私は魔術的な永久的な金を持って居る。私は利札を剪み去り、そして世の中の全てのことから離れて住む。誰を私は害するか。私は最も静かなそして親切な男である。しかしこれは、凡てを失った後に自らを銃殺し、私がその切符から直角に切り取ったこれ等の少額の利札を私のために整える人々の誰であるかを見ないロットオ若しくはルーレットたるに過ぎない。
私は利札を剪ることのほかは何事もしなかった。私は何事もして居ない、そして何事もしないだろう、そして金は労力を代表すると固く信じて居るのである。これは実際驚くべきことである。そして人民は狂人のことを語る、だがこれよりも更に恐るべき狂気がまたとあろうか。ある才智あり学識ありそして凡て他の関係に於いては思慮ある人が、狂的に住むのである。そして彼の議論をして合理ならしめんが為めに認識すべき一事を認識しないで自らをすかし、自分を正しいのだと思惟するのである。利札は労力の代衣である。労力の!然り、だが誰の労力の?利札を所有している彼の労力ではない、しかし労働するところのものの。
金とは奴隷制と同じである。その目的も同じければその結果も同じである。その目的は労働階級の思慮深き記者が正当にそう称んだ様な原始的法則から、我々が人生の自然的法則と称するものから、またある人の欠乏を充足せしめんが為めの個人的労働の法則から、ある人々を解放することである。奴隷所有者にとって奴隷制の結果は、決して満たされることなき無限に増大しゆく要求の発明である。懦弱と堕落とである。奴隷にとっては人間の抑圧と獣物の標準にまでの堕落である。
金は新しい恐ろしい形式の奴隷制である、そして人身的奴隷制の古い形式の様に、それは奴隷をもその所有者をも堕落さす。ただそれよりももっと悪いことは奴隷及びその所有者の何れをも人格的な人類関係から解放することである。
二二
私は常によく言われる、『そうだ、理論としてそれは真理だが実行に於いては何うだか』と言う言葉を不思議に思う。恰も理論はほんの会話のために必要な言葉の集合に過ぎなくて、実行が、即ち人生の一切の活動が、不可避的にその上に築かれて居ないかの如くに。
世の中には人々をしてかような驚くべき推理を適用させる様な愚かな理論が勿論沢山にある。我々は理論とは人があることに就いて考えることであり、実行とはそれを行うことであるのを知って居る。何うして人間は、こんな風に行うべきだと考えて置きながら全くその反対をなし得よう。若しパンを焼く理論が、まず第一に捏粉を捏ね、次にそれを膨らます様にするのである時に、それを知りながらもその反対をなすものがあるならばそれは愚かなものでなければならぬ。しかし我々の社会では『それは実に理論としては立派なものである、だがどうして実行することが出来ように』と言うのが一つの流行の様になって居る。
私の実行したことには凡て不可避的に理論が伴った、単にそれを弁明せんが為めばかりでなく、そうしないでは居られなかったのである。若し私の瞑想した仕事に従事したとするならば、私はそれを私の了解した風に為さないでは居られなかったのである。
私が貧民を救おうとしたのはただ単に貯蓄すべき金を持って居たからである。それに加えて、金は労力を代表し且つ概して言うと金はそれ自身として合法的なものであり善であると言う一般の迷信を分有して居たからである。しかしこの金を与え始めて見て、初めて私は、それは私が貧民から集めた振替手形を振り出して居るのに過ぎないのだと言うことを知った。昔の地主がそのある農奴をして他の農奴の代わりに働かざるを得なくしたのと全く同じことをなして居るのを知った。
どんな風の金の用い方も、それでもって何かを買うにしても、それを無料で与えるにしても、それはただ貧民に対して為替手形を振り出すことであるか、若しくはある貧民から他の貧民へその手形を流用さすことであるのを私は見た。それ故に私は貧民から金を引き出すことによって貧民を救うと言うことの愚かさを明確に了解した。
金はそれ自身としてまさに善いものでないばかりでなく、人々からその主要なる善又は労力を奪うところの害悪であるのを私は見た。そしてその私自身もこの善を奪われて居るので、それを他人に施すことの出来ないことを私は知った。私は労働ももたなければ労働の幸福ももたないのである。
ある人々はこう問うかも知れない。『そんなに特別に、抽象的に金の意義を論ずる必要が何処にあるか』と。しかし私が今始めたこの議論は単に論議のためのみでない、私にかくも大なる悩みを起こさせたところの、そしてその上に私の生活の依存するところの死活問題にまでの答案を見出さんが為めである。何を私は為すべきであったかと言うことを見出さんが為めである。
富とは何を意味するか、金とは何を意味するか、これを了解するや否や、何を私は為すべきであるか、また、何を一切の他の人は為すべきであるかと言うことが明白且つ疑うべからざるものとなった。実際に於いては、早くから知って居たこと――昔から仏陀やイザヤや老子やソクラテスや、特に明白に、そして確固に、イエスキリストや彼の先駆者たるバプテスマのヨハネ等によって伝えられたこと――を悟得したのに過ぎないのだが……。
然らば我等何をなすべきかと言う人々の問いに対して、洗礼者のヨハネは簡単明瞭に答えた。『二つの上衣をもてる者は有たぬ者に与えよ。食物をもてるものも而かすべし。』(ロカ伝3の10、11)
同じことを更に大なる明確をもってイエスは言った彼は貧しき者を祝福し富めるものの禍を叫びながら、人は何人も神とマモン(財の神)とに兼ね仕えることが出来ないと言った。
彼はその弟子に当に金を持ってはならないと言う事ばかりでなく、二つの上衣をもつことを禁じた。彼はまたある富める青年に、彼が神の国に入ることが出来ないと言うこと、そして富めるものの神の国に入るよりは駱駝の針の穴を通る方が容易であると言うことを語った。
彼はまた彼に従わんが為めに凡ゆるものを――彼の家をも子供をも畑をも――捨てないものは彼の弟子でないと言った。彼は、何も悪いことをしないが(丁度我々自身の富める者の如く)ただ美しい着物を着、よい飲み物を飲んだばかりであったが、その為めに彼の霊魂を失ってしまったところのある富める人と、何も善いことをしないが彼の乞食の生活によってその心霊を救ったラザロと言う乞食との事に就いて一つの譬喩を語った。
この真理は私には早くからわかって居た。然るに世間の偽の説教は、人々がそれは本当の抽象だと言う、この言葉に執着したがるような意味に於ける理論となった程巧妙にこれを(この真理を)隠してしまった。しかし私は私の意識の中に於て世間の説教の詭弁を破壊し去るのに成功するや否や、理論は実行と一つとなり、そして私の実生活と他の全ての人の生活もその避けるべからざる結果となった。
私は、人はただ自分のために生きるばかりでなく、他人のためにも働かねばならぬものであることを知った。また、若しも人々が生存競争の法則によって暴力と争闘とをジャスティファイする為めに好んでなすが如くに、動物界にその対比を求めるならば、我々はそのために蜜蜂の如き社会的動物の生活を選ばねばならぬと言う事を知った。そしてそれ故に、人はその避けるべからざる義務であるところの隣人に対する愛は勿論のこと、理性の上から言っても彼の真の天性から言っても、その同胞及び人類共通の目的に仕えねばならぬことを了解した。
私はこれが人間の本来的法則であることを了解した、それを成就することによってのみ人はその使命を成就することが出来、そしてそれ故に彼は幸福であると言うことを了解した。私はまた、この法則は人々が暴力によって労働から自らを解放し(盗蜂のする様に)他人の労力を利用し、それもその労力を一般の目的のために用いるのではなく不断に増大しつつある煩悩の個人的満足のために用い、かくてまた盗蜂の如くこれが為めに死滅して居るという事実によって蹂躙され、また今もされつつあると言うことを了解した。私はまた人々の不幸はある人が他の人によって支えられて居ると言う奴隷制から来て居ると言うことを了解した。そしてまた私は、この奴隷制は今日に於いては兵力や暴力によって、土地の強奪や金銭の強取によって持ち来されたと言うことを了解した。
而して私はこれ等の現代的奴隷制の三つの道具の意味を了解したところで、自分はその仲間から逃れようとする願望から脱することが出来なかった。
私がかつて農奴を所有する地主であった時に、そしてかかる地位の不道徳を了解するようになった時に私はこの同じことを了解した他の人々と共に、そう言う境遇から自分を救い出そうとした。そしてかくしてこの境遇から逃れ出した。その不道徳であるのを見出しながら、尚未だ全くそれから逃れ得なかった時には、私はそれと共に農奴所有者としての私の権利を出来るだけ少なく擁護するようにと努めた。
今もまた私はそれと同じことを現代の奴隷制に対してとらざるを得ない。即ち、私は私がまだ全く私に土地所有権を与えた権力から自らを解き放つことが出来ず、また兵力の暴虐によって徴集された金銭から自由になり得ない間は、私の要求を出来るだけ少なくしようと努めると共に、与う限りの私の力をもって他人にこれ等の仮想的権力の不法と非人道的なことを暗示しようと努める。
人々を奴隷化することの仲間入りは、奴隷所有者の立場に於いて、他人の労力を利用することに存する。(奴隷化が奴隷の身体に対する要求に立脚しようとも、土地若しくは金の所有に立脚しようともそれは全く同じである)それ故に若しも真個に奴隷制を好まず、その仲間入りをすることを好まない人があるならば、彼のなさなければならない第一のことは、政府に仕えることによって人民の労力を奪ったり、土地若しくは金を所有したりしないことである。
他人の労力を取る為めに用いる凡ゆる手段を拒否するならば、一方に於いては金の要求を少なくし他方に於いては、前には他の人にしてもらって居たことを自分でするの止む無きに至る。この単純にして必然的な結論は私の生活の一切の細密なる部分にまで浸透してこれを全く変えてしまった。そして直ちに、人類の不幸と邪悪とを見てなめた道徳的苦悩から解き放ってくれた。
第一の原因は都会に人民の集合し、田舎の産物をここに吸いとってしまったことであった。
人間にとって肝要なことは政府に仕え、土地や金を所有する事によって他人の能力を奪おうとすることではなく、他人の助けを借りることなく、彼の力量と材能とによって彼自身の欠乏を充足することである。かかる人の心には村を出ようとする想念は出ない。何となれば田舎では彼の欠乏を自分で充足することが容易であるのに反して、都会では凡てが他人の労働によって造られたものであるから、凡ては買わねばならぬからである。田舎では常に他人の欠乏を扶けることが出来る、そして私が町で、自分の労働によってではなく他人の労働によって人々を扶けんと欲した時に感じた様な無用の感を経験しないであろう。
第二の原因は貧民と富者との間の疎隔であった。人は政府に仕え土地や金を所有することによって他人の労力を利用しようと欲してはいけないのである。然らば彼は嫌々ながらも自分の欠乏を満たさねばならなくなる、そして直ちに彼と貧民とを疎隔した隔壁を破壊され、彼は人民とともに肩を並べて立つ同じ人となり、そして人民を扶け得るのを見るであろう。
第三の原因は、私がこれをもって他人を救わんことを欲したる金を所有することの不道徳を意識したことから起こる羞恥の感じであった。人はただ政府に仕え土地や金を所有することによって他人の労力を利用することを欲しないことを要する、然らば彼は決してかの過剰なる『馬鹿金』を所有することがないであろう。まことにこれを所有する時には、金に欠乏したる人々をして私の充たし得ない経済的の補助を乞わしめ、私の心中に私の不義の意識を起こさしむる。
二三
人々の悩みと堕落との原因は、ある人々が他の人々を縛って居ると言う事実のうちに存して居るのを私は見た。それ故に私の到着した明らかな結論はこうであった。即ち若し私にして他人を救わんことを欲するならば、何よりも先ず私が今改良せんと欲して居る不幸その者を惹起することから逃れねばならぬ。言い換えれば、私は人々を奴隷にする仲間に入ってはならぬと言うことである。
私は私の幼年の時分から、自分では働かないで他人の労力を利用するのに馴らされて居た。そして私はまさにこの奴隷制に慣れて居るばかりでなく、あらゆる種類の怜悧で且つ愚かな詭弁によってそれを弁明するところの社会のうちに住んで居た。私が人々を抑圧するようになったのはこの境遇の為めである。
私は次の簡単なる結論に達した。即ち、人々の苦悩と堕落とを惹起さない様にするには、彼等をして私の為めに出来る丈け少なく働かしめ、私自身をして出来る丈け多く働かしむべきであると。
私はこの避けるべからざる結論に達したのはこの回りくどい途によってである。然しそれは支那人が既に数千年の前に到達して居たところのものであって、彼等はこう表白して居る、『一人の怠け者があれば必ず他に飢えるものがある』と。
私はこの単純なそして自然な結論に達した、即ち若し私が乗って居る疲れた馬を憐れむならば、私のなさなければならぬ第一のことは、真個に彼を私が憐れんで居るのなら彼から降りて歩くべきであると言う事である。道徳心にかくも充全な満足を与うるところのこの答えは、常に私の目の前にあったのである。また凡ゆる人の眼の前にもあったのである。然し我々は凡てそれを見ない、そして傍らを見る。
我々の社会的疾患を医やさんことを欲して、我々は凡ゆる方面――政府的、非政府的、科学的、博愛的迷信――に向かって右顧左瞥する。然し我々は何人の眼にも触るべきものを見ない。我々は我々の排水溝を汚物をもって満たして置いて他人にそれを浄めささんことを欲する、そして彼等のために非常にそれを気の毒がって、その仕事を軽減せんことを欲して居るかの如く偽る。かくて我々は凡ゆる種類の工夫を発明する。然しこの一時を、最も単純なこの一時を除いての外は、即ち、我々の室内に汚水を生ずることの必要を感じて居る限りは、これを自分で浄めなければならぬと言うこの一時を除いての外は。
自己の周囲に於ける人々の苦悩の為めに真に悩んで居る者にとって、この害悪を医し、その生活の合理であると言う意識を与えんが為めに、最も良いにして最も簡単明瞭なる方法が、たった一つある。この方法は「さらば我等何を為すべきか」との質問に答えた時に洗礼者ヨハネが推奨し、そしてキリストによって確認せられたところのものであって、一枚以上の上衣を所有してはならず、また金銭を所有してはならない――即ち他人の労働によって利益を得てはならない――のである。そして他人の労働によって利益を得ざらんがためには、我々は我々の為し与う凡てのことを我々自らの手にて為さねばならないのである。これ実に簡単明瞭である。しかしそれはただ、我々の要求もまた淡泊であるときにのみ、また、我々がまだ健全で、遊惰や怠慢によって全く腐敗しきらない時にのみ、簡単明瞭なのである。
私は村に住み、暖炉(ストーブ)の側に横たわり、そして私の債務者である私の隣人に命じて木を伐り暖炉を焚かす。私が怠け、隣人からその自分の仕事を奪うのは明らかである。そして私は遂に恥じる。そればかりでなく、私の筋肉が強健でそして働くのに馴れて居るのにそしていつもごろごろ、ごろ就いて居るのが退屈で仕様がなくなる、――そこで私は自分でも木を伐りに出かける。
然し凡ゆる種類の奴隷制はそんなに長い間行われて居た、そんなに多くの人為的要望がその周囲に成長して居た、これ等の要望との親しみの度を異にした人民が、互いに入り雑じって居るそんなに多くの時代を通じて、人々は掠奪せられ無力にされた。奢多と怠惰との斯くも複雑なる誘惑や弁解が人々によって発明された。怠惰者のピラミッドの頂上に立って居る者にとっては、彼の隣人を強いて彼の暖炉に点火せしむることの罪を了解するのは、百姓に於けるが如くしかく容易ではない程に。
その頂上に立って居る人々は、何が彼等に要求されて居るかを了解することは最も困難であることを見出す。その上に彼等が立って居るところの虚偽の構造の高みから、彼等が正しくではなくとも不人情でない様に住み始めんが為めに下りなければならぬ地上の点を見下す時には、彼は眩暈がしなければならぬ。そしてそれが即ち、これ等の簡単明白なる真理も彼等にはしかく奇怪に見える所以である。
揃いの着物を着た十人の召使いや馭者や料理人を使って居り、またピアノや絵をもって居る人は、それをもって彼の食物が料理せられ、それによって彼が温められるところの木を伐ったり、それを穿いて不注意にも土の中に踏み込んだ長靴を拭き浄め、それをもって自分を清潔にする水を持ち来たり、そして自分を洗ったそれ等の汚水を運び去ると言った風の、万人の――善き人とは言わない――この単純な初歩の義務を奇怪に思うに違いない。
然し人々をしてこの真理から遠ざからしむることの外に、彼等をして最も単純にして最も自然な肉体的労働をなす義務を見ることを恥じしむる他の原因がある。それは即ち富める者が生活して居る境遇の複雑と錯綜とである。
今朝私は廊下に入って行った、暖炉がそこで熱せられて居た、一人の百姓が私の倅の室を暖めて居る暖炉の火を焚いて居た。私は彼の室に入って行った、彼は寝て居た。然もそれはもう朝の11時であった。その口実は『今日は休日です、学校がないんです』であった。18歳の頑強な少年が、前の晩、食い過ぎて朝は11時まで寝て居るのである。そして彼と同年の一人の百姓がその朝既に沢山の仕事をして、今や第十の暖炉に点火しつつあるのである。『恐らくこの百姓がこの頑強な怠け者を暖める為めに暖炉を焚かない方がいいだろう』と私は思った。然し私はまた直ぐに思い出した。この暖炉は昨晩私の倅の食った晩餐のために一切の用意をなし、そして皿を片付けるのに朝の3時頃までも起きて居り、而もそれにも拘らず7時にはまた起きた今年40歳になる女中の部屋をも暖めて居るのだと言う事を。彼女は自分で暖炉を焚くことは出来ない、何故ならば彼女には時間がないから。だから百姓は彼女の為めにも暖炉を温めて居るのである。彼女のおかげで私の怠け者は温められて居るのであった。
まことに利益は凡て全く入り組んで居る。だが何人の良心もそう多くの考慮を費やさないでも誰が労働して誰が怠けて居るかを語ることが出来る。まさに良心がこれを告げるばかりでなく、会計簿もまたこれを告げる。我々が金を多く使えば使う程、益々多く人々が我々のために働く。我々が金を少し使えば使う程、益々多く人々が自分自身のために働く。『私の贅沢な生活は他人に生活の途を与える、若し私が彼を解雇したなら、どこに私の老僕は行くであろう』『何だと!一切の人が自分の為めに一切の事をしなければならない?自分の上衣をもつくり、木をも挽かねばならぬ?然らば分業は何うしたのだ、産業や社会的企業は何うしたのだ?』そして最後に最も恐るべき言葉が来る――文明、科学、芸術!
二四
去る3月、私は夜遅く家に帰って居た。ある小路へ曲がる時、私はかなり遠い野原の雪の上で何かの黒い影を見た。若し小路の端のところに立って居る巡査が、その陰の方に向かって『ワシリィ、何故お前は従いて来ないか』と叫ばなかったならば、私はこれに気付かないで過ぎて行ったかも知れない。『彼女は動かないんです』ある声が答えた。影が巡査の方にやって来た。私は立ち停まった、そして彼に問うた。
『何うしたんです』
彼は言った。『ルザノフの長屋から5、6人の尼ちょを摑まえて警察につれて行くところなんですが、その中の一人がのろのろして従いて来ないんです』
羊皮の上衣を着た一人の夜番が、頭を垂れてのろくさと歩いて居る娘をつれて現れた。彼は娘を後ろからつついて追ったてて来た。私も夜番も巡査も冬着の上衣を着て居た、然し彼女ばかりは一枚の長上衣を着たばかりで何も着て居なかった。暗やみの中で、私はただ鳶色の着物と、頭や首に纏いつけた頭巾をばかり認めることが出来た。彼女は、多くの飢えたる者のように背が低くてだだっ広い不格好な姿をして居た。
『我々はお前のために一晩中こんなことに居られないんだぞ、鬼婆。歩け、でなきゃ鞭打つぞ。』巡査が叫んだ。彼は疑いもなく疲れて居た、そして彼女に閉口して居た。彼女は数歩歩いた、そしてまた止まった。
年とった人の良い夜番(私は彼を知って居た)は彼女の手をとって引いた。『俺等が眼をさまさしてやるべい、ついて来い』怒って居る様な真似をして彼は言った。彼女は蹌踉(よろ)めいた。そしてきしる(ヽヽヽ)様な嗄(しゃが)れた声で語り始めた。『ほっといてお呉れよ、衝つかなくても自分で歩けてよ』
『凍えて死ぬだ、お前は』彼は返した。
『妾の様な女はこごえなんかしやしないよ、熱い血が沢山あるんだから』
彼女はそれを冗談の様に言った、だが彼女の言葉は呪いの様に響いた。私の家の門から余り遠くないところに立って居る街燈のところに来て、彼女はまた立ち停まって、街燈の柱に凭れかかった。そしてその不格好な凍えた手をもって下着の間で何かを探し始めた。彼女はまた怒鳴った、けれど彼女は何かブツブツ呟いたばかりで尚探し続けた。彼女は一方の手に皺くちゃになった巻煙草をもち一方の手にマッチをもった。彼は彼女の後ろに止まって居た、私は彼女の前を通るのを恥じた、若しくは止まるのも、彼女を見るのも。私は決心した。そして彼女の側まで来た。彼女は柱に凭れかかってそしてただ徒にマッチに火を点けようとして居た。
私は仔細に彼女の顔を見た。彼女は実際飢餓に瀕せるものであった、そして私には約30歳ぐらいの女の様に見えた。彼女の顔は垢じみて居た、彼女の眼は小さくてぼっとして居た。そして飲酒で膨れて居た。彼女は曲がった鼻をもって居た、下方に垂れ下がった彼女の唇は緩んで涎を垂らして居た。頭巾の下から油のない一房の髪が垂れ下がって居た。彼女の体幹は長くて平たかった、彼女の腕や脚は短かった。
私は彼女の前に止まった。すると彼女は丁度私が何を考えて居るかを知って居る様に、私を見て微笑した。私は何か彼女に言わねばならぬ様に感じた。私は彼女を憐れんで居ることを彼女に示したかった。
『お前は両親を持って居るかね』と私は訊ねた。彼女はしわがれ声を出して笑った。それから急に笑い止めて額を挙げ、私を凝乎と見つめた。
『お前は両親を持って居るかね』私は再び繰り返した。
彼女は顔を歪めて笑った。それは丁度、『彼人はそんな質問をして何になるんだろう』と言って居るように見えた。
『おつ母さんが一人ありますよ』彼女は遂に言った『然しそれが何うしたんです』
『そしてお前は幾つだね』
『私は15より上です』彼女は直にこの聞きなれて居る質問に答えた。
『こら、こら、歩け。我々はみんなお前のために凍え死ぬよ。いやな奴だ!』
巡査は叫んだ。彼女はこの柱をじりじりと離れ、そして警察署の方へ行く小路に沿うて躓きながら歩いて行った。私は門の方に曲がった、そして自分の家に入って私の娘達がうちに居るかどうかを訊ねた。私は彼等が夜会に行って居たことを告げられた。そしてさんざ(ヽヽヽ)歓楽に耽った後、今は寝て居るのを告げられた。
明くる朝、私はこの不幸な娘が何うなったかを訊かんが為めに警察署に行こうとして居た。朝早く私が出立しようとして居ると、そこへ、その薄志弱行の為めに住み馴れて居た紳士系統の生活から振るい落とされ、そして浮沈攻防常ならぬ生活をして居るそれ等の不幸なる者の中の一人が私を訪ねて来た。私は彼とは3年越しの知り合いであるが、その間に彼は幾回となく彼の有てる凡てのものを――着物をすらも――売った。そして今もまたそうしてしまったところで、彼は一時、夜をルザノフ宿泊所で過ごし昼は私の家で過ごして居るのである。彼は私が出かけようとして居る時に私に逢った、そして私の言うことも聞かないで、昨夜ルザノフ宿泊所で起こったことを話した。
彼はそれを語り始めた。而も彼がその話を半分もしないうちに、全く遂に、彼は長い年月を生きて来た一人の老人なる彼は、啜り泣きを始めた。そして話をやめて彼の顔を私から背けた。次は彼の語った話である。私はその現場で彼の話の真実であるのを確かめた、のみならずある新しい細々したことをも学んだ。それを私もここで述べよう。
私の友が諸種の男女の浮浪客と入り雑じって一晩5コッペクの宿料で泊めてもらう同じ宿泊所の第32号に、一人の立派な静かな善相なしかし弱々しい30歳の洗濯女が泊まって居た。
この宿泊所の女主はある船人の情婦であった。夏になると彼女の恋人は短艇を管理し、冬になると夜の宿泊人に枕なしの3哥と枕付きの5哥の割で宿を貸して生活の料を儲けて居た。
洗濯女はここに数ヶ月間住んで居た。彼女は静かな女であった。しかし近頃になって彼等は彼女を排斥し始めた。と言うのは彼女が余り咳をするので他人の睡眠を妨げるからであった。特にこの宿泊所の不断の定住者で、半ば痴愚なる80の老婆がこの選択女を嫌い出した、そして彼女が彼女の睡眠を妨げるという故をもって彼女を苦しめ続けた。終夜彼女が羊の様に咳をするので。
洗濯女は何も言わなかった彼女は家賃を借りて居た、そして自分を罪深く感じて居た、だから彼女はそれを忍ぶことを余儀なくされた、彼女の力は段々と衰えて行った、そこで彼女は段々と働けなくなった。これが彼女の家賃を払えない理由であった。彼女は先週、全く働くことが出来なかった。そして彼女はその咳でもって凡ての人の、ことにこの老婆の生活を不幸にして居た。
4日以前に女主は彼女に立ち退きを警告した。彼女は既に60哥の家賃を借りて居た、そしてそれを払うことが出来なかった、そしてまた払える見込みがなかった。而も他の宿泊人は彼女故に不平を言った。
女主が洗濯女に警告して、若し家賃を払わなければ立ち退かねばならぬと言った時に、老婆は喜んで彼女を庭の中に衝き出した。洗濯女は立ち去った、けれど一時間と経たない間に戻って来た。女主は彼女を再び追い払い出す丈けの心はなかった。…… 二日目も三日目も女主は彼女をその儘にしておいた。『何処へ行かれよう』と彼女は言い続けた。三日目にモスクワ人で、凡ゆる規律や規定を知り抜いて居る女主の情夫は巡査を呼びに行った。赤い紐で剣と短銃とを吊ら下げた一人の警官が来た、そして静かに且つ慇懃に洗濯女を街中に追いやった。
それは三月の照り輝くしかし凍りつく様な寒い日であった。融け行く雪は川をなして流れて居た。門衛は氷を砕いて居た。借馬橇はチャンをかけられた雪の上に衝っかり、石の上できしったりした。洗濯女は小山の日当たりのよい方を登って教会室に行った、そして会堂の玄関で日にあたりながら座った、しかし太陽が家々の後方に隠れ行き始め、そして池の水面が氷の薄膜でもって覆われ出してからと言うものは、洗濯女は寒さを感じ始め恐懼し始めた。彼女は立ち上がって静かに歩き出した……だが何処へ?家へ――彼女が近頃住んで居た彼の唯一の家へ。
彼女はそこを歩きながら幾度も幾度も休んだ。して居る間に段々暗くなった。彼女は門に近づいた、そしてその中に入ろうとした。すると彼女の足が滑った、彼女はキィ(ヽヽ)ッと叫んだ、そして倒れた。
一人の人が通った、続いて他の人も。『この女は酔っ払って居るんだろう』と彼等は考えた。他の人が通った、そして彼女に躓いた。そして門衛に告げた、『誰か酔っ払った女が門のところに倒れて居る、俺はもうちょっとのことでその女の上に倒れて首をへしゃぎ(ヽヽヽヽ)折るところだった。何処かへ連れて行ってやって呉れねえか』
門衛がやって来た。だが洗濯女は死んで居たのだった。これが私の友人の私に話して聞かせた話であった。
読者は多分、私が15の淫売婦だとかこの洗濯女の様な特殊な話をばかり拾い出したのだと想像するであろう。だがそう考えて呉れては困る、これは実に同じ一晩のうちに起こった出来事だったのである。私は精確にその日を覚えて居ない、ただそれが1884年の3月のある日であったと言うこと丈けは覚えて居る。
私は私の友の話を聞いてからこの話の詳細を聞きにルザノフ宿泊所に行こうと思いながら、先ず警察署へ行った。
天気は晴朗で輝きわたって居た。そしてまた陰になったところでは、前の晩、氷結した氷の下から水の流れて居るのが見られた。日当たりのいいところや広辻では一切のものが速やかに溶けて居るのが見られた。庭園の樹々は河の彼方からは緑色に見え、冬間赤かった雀はその時は誰の注目も惹かないで居たが今ではその快暢の故を以て人々の注意をひいた。人々もまた快活であろうとした、けれど彼等はそうするのには余りに思いわずらいが多かった。教会の鐘は響いた。そしてそれと雑じって射撃場から打つ小銃の響がきこえた。――小銃の丸の接吻、そしてそれが標的に当たった時の音。
私は警察署に入って行った。そこで数人の武装した人々が――警官――私をその署長のところに連れて行った。彼もまた剣と軍刀とピストルとをもって武装して居た。そして彼の目の前に立ってブルブル震え、その弱さの為めに、問われて居ることに明瞭に答え得ないボロ着の老人に何か頻りに命令を伝えて居た。その老人に命令を伝え終わってから、彼は私の方に振り向いた。私は昨夜の淫売婦のことに就いて訊いた。最初彼は注意深く私に聴いた、次に彼は微笑した。まさに私が何で彼女が捕らえられたかを知らないばかりでなく、特に私が彼女の若さに驚いて言うことの為めに。
『そうですとも……中には12、13、14と言ったのがありますよ』と快活な調子で彼は言った。
昨日の娘に就いての私の質問に答えて、彼は私に、彼女はもう多分委員会に送られたであろうと言った。(若し私が正当に彼を了解して居たならば)何処で彼女は昨晩過ごしたであろうと言う質問に対しては、彼の答えは曖昧であった。彼はもう私の話しているものの誰であるかを忘れて居た。毎日々々この種の者が随分と沢山あるのだから。
32号のルザノフ宿泊所では、既に堂守が死んだ洗濯女の為めに祈祷文を読んで居るのを私は見出した。彼はここに運び込まれ、以前の藁褥の上に横たえられて居た、そしてその同宿人たちは凡て自分も同じ飢え者であるのにも拘らず、祈祷の為めに金や、柩や壽衣(キョウカタビラ)を寄付して居た。かの老婆は彼女に壽衣を着せたり色々と世話をして居た。僧侶は暗いところで何かを読んで居た、外套を着た一人の女は小蝋燭をもって立って居た。同じ小蝋燭をもって一人の男( 一人の紳士そう言う方が正しい)が立って居た。彼は優雅な外套を着、アストラカン産カラァで身を飾り、ピカピカする長靴を穿き、糊をしたシャツを着て居た。それは彼女の兄弟であった。遂に探し出されたのであった。
私は死んだ女の側を通って女主の室へ行った。そして彼女に就いての詳細をきいた。彼女は最初私の質問を怖れた――多分何かを責められるのだと思って怖れたのであろう。しかし次第に彼女は多弁になって来た、そして一切のことを話してきかせた。再びそこを通って私はその死人の屍を見た。凡ての死人は美しいものだが、この綺麗な青白い顔や、閉じた秀でた眼や、おち窪んだ頬や、高い額を覆って居る美しい柔らかい毛をした棺の中に在る此の女は特別美しく且つ感動的であった。彼女の顔は疲れて見えた、けれど親切らしくて少しも悲しそうではなかった、むしろ驚愕して居る様であった。まことによし生けるものが見ないとしても、死人はまさに驚かれてもいいかも知れない。
私がこれを書いた日、モスクワには大きな舞踏会があった。その同じ晩私は8時過ぎに家を出た。私は工場で持って囲まれている地方に住んで居る。その夜、私は工場の笛が鳴って、一周日の間の絶え間なき労働の後に、人々がその休日を楽しみつつ帰って居る時分家を出た。工場の人々は私の側を通った、私は彼等の側を通った、彼等の凡ては料理屋や銘酒屋にその脚を向けて居た。多くのものは既に酔っ払って居た。多くのものは女と連れ立って居た。
私は毎朝5時に汽笛の音を聞く。それは女や子供や老人の労働の始まったことを告げ知らすものである。8時に他の汽笛を聞く、これは半時間の休憩を意味する。12時に第3のが鳴る、それは昼餐のための1時間の休憩を意味する。午後の8時に第4のが鳴る、これは仕事の終わりを告げる。奇妙な符合からして、私の近傍にある三つの工場は凡てみな舞踏会の必要品ばかりを産出する。
一つの工場にては――私のところは一番近い――鞜ばかりを作って居る。それと反対の側にあるのでは絹物を製し、第三のでは香料と香油とを産する。
これ等の汽笛を聞いても、ある人はただ時間の指示より外の意味を考えないかも知れない、『さあ汽笛が鳴った仕事に行く時だ』と。
然しある人はまたそれと関連して、彼等が実際に於いて持って居る意味をも考えるかも知れない――即ち朝の5時に第一の汽笛が鳴ると、湿気の多い洞窟の中で互いに枕を並べて寝て居る男女のものが暗やみの中に起き出で、少しの間断もなく、また自己にとって何等の利益を出すのをも見ない仕事を分担せんが為めに、そしてそれをしばしば熱気の中で、また息づまる様な臭気の中で、一時間、二時間、三時間、或いは12時間も、もっとそれ以上も、殆んど少しの休みもなく働くところの騒がしい建物の中にへと急いで行く。彼等は居眠りをする、そして幾度も目覚めては目覚めては、この自分にとっては全く無意義な、ただ欠乏の為に駆り立てられて居る仕事をする。そしてそれがただ休日によってのみ途切れながら、幾週も幾週もつづく。
そして今や私はこれ等の労働者たちがこれ等の休日のうちの一つに開放されて居るのを見る。彼等は街に出る、至るところに料理屋や銘酒屋や快活な女たちがある。そして彼等は酔っぱらって互いに腕を組み、そして丁度私が警察に護送されて行くのを見た様な女を携えて歩いて居る。彼等は貸馬車を雇い一つの銘酒屋から他の銘酒屋へと乗り回し、互いに罵り合い、蹣跚めき、そして自分でも知らないことを言う。
以前私はこの工場の人々がこんな風に居酒屋を叩いて居るのを見た時には嫌悪をもって頭を背けるを常とした、そして殆んど彼等を非難した。しかし私は、これ等の毎日の汽笛を聞いてからこの方、そしてそれが何を意味するかを知ってからこの方、私は寧ろこれ等の人々が、何うしてモスクワを一杯に充たして居る乞食になってしまわないか、若しくは私が私の家の近所で見た娘の境遇にまでを知らないかを訝しく思った。
かくて私はこれらの人々を眺め、如何にして彼等が街中を歩き回って居るかなどを観察しながら、11時頃までも歩いて回った。それから彼等の運動は静かになり、彼処此処に数人の酔っ払いが残され、幾人かの男や女が警察に護送されるのを見る。そして今や、凡ゆる方向からの馬車が表われる、そして凡ては一つの方向に向かって進んで行く。馭者台には時には羊の毛皮の上着を着た馭者や前立てのある帽子を被ったしゃれ(ヽヽヽ)者の召使いが座る。布を持って覆われた肥え太った馬は1時間15マイルの割合で駆け出す。馬車のうちには肩衣をまいた貴婦人が座って、その花や身づくりを壊すのではないかと心配して居る。凡て、馬の馬具や、馬車やインド護謨の車輪や馭者の着物から始まって、鞜や花や天鵞絨やあ手袋や香料などに至るまで――凡てこれ等の品物はそれ等の人々によって造られるのである。そして彼等のうちの或る者は彼等の侘しい部屋の藁褥の上に眠り、或る者は宿泊所に淫売婦と共に寝、そして他のものは警察で寝るのである。
夜会出席者はこれ等の人々によって作られたものの中に在って、またそれ等のものを持って彼等の側を乗り過ぎる。しかし彼等の心に、体が今行きつつある舞踏会と彼等の馭者が今激しく怒号したこれ等の酔漢との間に何等かの関連がありそうなものだと言う想いさえも浮かんで来ない。何も悪いことはせず却って何か良いことをして居るのだと確信して、心安らかに舞踏会で自らを楽しませて居る。
自らを楽します!
夜の11時から朝の6時まで。深更の夜に、空しき胃袋をもって人々が無料宿泊所に寝て居る時に、若しくはかの洗濯女の様な有様に死んで居る時に。
舞踏会の享楽は、女や娘がその胸を露わし、背に人巧的な突起を施し、未だ堕落しない女や娘ならば如何なる理由のもとにも決してそうして人々の前に現われはしまいと思われるような身装をして居ることから成り立つ。そしてこの露わなる胸や、肩までまくしあげた腕をした、そして背をふくらまし腰部をしか(ヽヽ)としめまわした服装を着けた半裸体の状態で、謹慎をもって第一の徳操をすべき女や娘が、これもまた不作法なきっちり(ヽヽヽヽ)緊まった服を着た、知らない男の間に現われて、お互いに抱き合い刺激的な音楽の響きにつれてくるくると踊り回るのである。老いたる女たち(彼等もまたしばしば若き女たちの如く半裸体で居ることがある)は座してこれを眺め食い飲むのである。老いたる男もまた同じである。これが、何人にも見られない様に凡ての人が眠って居る真夜中になされると言うことは敢えて怪しむに足りない。
しかしそれはそれを隠さんが為めに夜やるのではない、そこには実に匿すべき何物もない、凡ては善にして且つ美である。そしてこの享楽によって(その中に幾千の人の苦しい労力が飲み込まれてしまって居る)何人も害されないのみならず、こうした事によってこそ貧民は養われて居るのだと……
舞踏会は非常に楽しく行われる、そうかも知れない。しかし如何にしてそんなになるのか。若し我々にして、社会若しくは我々自身の間に於いて、飢え且つ凍えて居るもののあるのを見る時、我々は自ら楽しむことを愧じる、そして彼等の養われるに至るまでは楽しみ始め得ない。我々が、他人の悩みを産出するところの事によって自ら享楽し能う人民の存することを想像し得ないと言うことは言うまでもない。
我々は動物的な子供達が犬の尾を割れた木片の間に挟み込んで喜ぶのを見て、これを厭い且つその何の故たるかを了解し得ない。然らば何うして我々の享楽に向かって盲目となり、我々の京楽の為めに悩むそれ等の人々を挟むところの裂け目を見ないか。
我々は一枚の着物に150ルーブルを費やすこの舞踏会の女たちが、決してこの舞踏会で生まれたのではなく、田舎に住んだ百姓であったと言うことや、小屋を建てる為めに150ルーブルを儲けることが彼等の長い労働生活の終局であり目的であるところの貧しき父や兄弟をもった乳母や召使を識って居るのである。彼女たちは凡てこれを知って居る。然らば彼女は彼の半裸体の上に彼女の召使いの兄弟の夢である小屋を纏うて居るのを知りながら、如何して自ら楽しみ得よう。
然し我々をして彼女がこれに就いて何事も考えなかったと想像せしめよ。而も彼女は天鵞絨や絹や美食や組紐や衣服やなどが決してそれ自身で生成して来たのではなく、人々によって作られたものであると言う事を知らないでは居られない筈である。人は人々が凡てこれ等のものを作ったことやそれがどんな境遇の下にそして何故作られたかと言うことを彼女は知らない筈はないと考えるであろう。彼女は、今日彼女の叱った裁縫師が、この着物を彼女に対する愛から作ったのではないと言うことを知らないでは居られない筈である、それ故彼女は凡てこれ等の物は――彼女の組紐、花、天鵞絨――は単なる欠乏の為めに作られたのだと言う事を知らないでは居られない筈である。
しかし恐らく彼女はこれを考えないほど眼が眩んで居るのだろう。よし、しかし何れにせよ彼女は、5人の人々が、年とった尊敬すべき時としては繊弱な男及び女が、彼女のために夜も眠らず多忙を極めたと言う事を知らずには居られない筈である。彼女は彼等の疲れた憂鬱な顔を見た。そしてまた今夜は氷点下28度の烈しさであったことや、及び彼女の馭者が―― 一人の老人が――この寒空に終夜彼の馭者台に座って居たことを彼女は知らずには居られない筈である。
しかし私は彼等が実際にこれを見ないの知る、若しこれ等の若き女や娘にして舞踏会の催眠的勢力の為め凡てこれ等を見得ないのならば我々は彼等を審き得ない。哀れなる者よ!彼等は凡て彼等の年長者によって而か語られたことを、一切善だと惟えるのである。何うしてこれ等の年長者等の残酷を説明し得よう。まことに彼等は常に同じ風に答える。『私は別に誰をも強いはしない。私のもって居るものは私が買ったものである。従僕、小間使、馭者、それは私の雇ったものである。人を雇いものを買うに何の害もない筈である。私は誰も強いはしない、私は雇ったのである。何の悪いところがそこにあるか』と。
何日か私は一人の友人を訪問した。第一の室を過ぎた時に私は二人の女がテーブルに寄って居るのを見た。私はそれを不思議に思った、何故ならば私は彼が一個の未婚者であるのを知って居たからである。約30歳位のしかし私よりは老けて見える痩せた黄色の顔の女が、その肩に襟巻を投げかけ、恰も麻痺の発作に出逢ったかの様に神経的に身体をゆすぶりながらテーブルの上で何かして居た。彼女に向かい合って、これも同じ風に身体をピクつかせながら何かして居る娘があった。彼等は何れも聖井タスの踊りの為めに悩まされて居る様に見えた。私は側近く寄ってそして彼等が何をして居るのかを見た。
彼等はちょっと私を盗み見して、それからまた前の如く熱心に仕事を続けた。彼等の前に煙草と巻煙草が広げられて居た。彼等は巻煙草を造って居たのである。女は煙草をその両手の手の掌で揉み、ある機械でそれを取り上げ、管の中に詰めて、そしてそれを娘に渡した。娘は紙をたたみ、それに煙草をつめて側におきそしてまた他のをとり上げた。
凡てこれは、ちょっとそれを名状し難い程の速さと巧妙さとをもってなされた。私は彼等の敏速に対して私の驚異を表白した、『私はこの仕事を14年もやっているんです』とその女は言った。
『なかなか辛い仕事かね』
『ええ、胸が痛みまして。それに空気が煙草でいっぱいになって、息づまる様なのです』
しかしそれは彼女の言うを要しないところのことである。君はただ、彼女及びその娘を見れば良い。娘はこの仕事を3年間やって居た。何人もこの仕事をして居る彼女を見ないならば、彼女が頑丈な体格をもって居るのを語るであろう。しかしそれも既に破壊せられ始めて居るのである。
自由思想家で親切な男である私の知人は彼のために巻煙草を作るためにこれ等の女を千本につき2ルーブル半で雇って居るのである。彼は金を持っている。そしてこの仕事の為めにそれを払っている、何の障害がそこにあるか。
私の友人は12時に起きる。彼は夜は6時から2時まで、その間を骨牌をしたりピアノを弾いて過ごす。彼はよく食いよく飲む。他の人々が凡てのことを彼のためになす。彼は新しい快楽を自分で工夫し始めた。――喫煙。私は彼が喫煙を始めた時を覚えている。ここに、自らを器械に変化さすことによって辛うじて彼等の生活の料を儲け、その全生涯を煙草を喫って過ごし、そしてかくしてその生命を破壊させているところの一人の女と娘とがある。彼は自ら儲けない金を持っている、そして彼自身のためには巻煙草を作る代わりに骨牌を選ぶ。彼は彼等が彼のために巻煙草を作るよりも前とは少しも変わったことのない境遇の下にこの悲惨な生活を続け得るに過ぎない位の金を彼等に与える。
私は清潔を好む。そして私は一日に二度取り替える私の襯衣を洗うと言う条件のもとに私の洗濯女に金をやる。そしてこれ等の襯衣を洗うことは洗濯女のありったけの力を要したので、彼女は遂に死んだ。
何の悪がこの中に在るか。
買ったり雇ったりする人々は、私がしてもしないでも、やはりそうするであろう。彼等は他人を強いて天鵞絨や珍味をつくらしめる、そして私がそれは買うが買うまいが彼等はそれを買う。同じようにまた、彼等は巻煙草をつくり襯衣を洗う為めに人々を雇う。然らば何故私は私自身から天鵞絨や美味や巻煙草や清潔な襯衣を奪わねばならぬか、その生産が既に行われて居るのに……。しばしば――殆ど不断に、私はこうした理屈をきく。
これが破滅の情欲で狂気して居る群衆の用いる推理である。恰も一群の犬のうちの一つが他の一つに走りかかってそれを打ち毀すと他の者共がやって来てそれを攻撃し、ずたずたに噛み砕く時に、その犬の一群を導く推理と同じである。他の者共は既に始めて居る。小なる害悪を始めて居る、然らばどうして自分もそれをしてはいけないのか。若し私が垢染みた襯衣を着、私の巻煙草を自分でつくったとするならばそれが何を意味し能うか。それが誰かを扶け得るか。自らを弁明せんと欲する人々はかく問う。
若しも我々にして心理からそんなに遠くかけ離れて居なかったならば、この問題に答えることを愧じるであろう。然るにかかる質問が我々にとって自然に見える程にも我々は紛乱して居る、それ故にたとえ私がそれに羞恥を感じて居てもそれに答えねばならぬ。
若し私が私の襯衣を一日に一度取り代えるのと、一週間に一度取り代えるのと、巻煙草を自分でつくるのと、若しくは全く禁止してしまうのと、それ等の間に何の相違があるか。
その相違はこうであろう即ち、ある洗濯女や煙草巻き女が、より少なく働くことが出来、以前私が洗濯女や煙草巻き女に与えて居たものを誰それの他の女に与えると言うことである。そしてその仕事のために疲れている労働者たちが過労のために悩まされることなく休息を得、茶をのむことを得るということである。しかし私はこれに対する反対を聞いた、富者や贅沢者は彼等の地位を了解するのをそんなに愧じて居るのである。
彼等は答える。『若し私が垢染みた襯衣や晒麻を纏い、煙草をやめて、その金を貧民に分与したとしても、その金が彼等から奪い去られるのは同じである、そしてそんな大海の一滴が果たして何の役に立とう』と。
私はもっと甚だしくそんな問いに答えることを愧じとする。しかしやはり答えなければならない。若し私が野蛮人の間に行って、彼等から非常に美味しい肉片をもらったとする、然るに次の日、私はこれらの肉片がそれを造るために殺された囚人の肉片であったと言うことを知ったとする(多分自分で見たとする)若し私にして人を食うことを悪いと考えるならば、そのカツレツが如何に美味であろうとも、また私と一緒に住んでいる人々の間に於いてはそれを食う習慣が如何に一般的であろうとも、また私がそれを食うことを拒むことの利益が――食物として準備されたる囚人にとって如何に僅少であろうとも、而も私はそれ等を食わないであろう、また食い得ないであろう。
飢えにせまられた時には人肉を食うことがあるかも知れない。しかし私はそれをもって饗宴をなさないであろう。また人肉の饗宴に加わらないであろう。またそんな饗宴を索めないであろう、若しくはそれ等の仲間入りをすることを誇りとはしないであろう。
二五
しかし然らば何うすべきであるか。そうしたのは我々ではない、如何です?若し我々でないとしたら、誰がしたか。
我々は言う。『凡てこれをなしたのは我々ではない、独りでにそうなって来たのである』。と。きっと、子供が何か物を毀した時に、『自分で毀れたのです』と言うのと同じである。我々は言う。町が既に存在しているのだから、そこに住んで居る我々は人々の労力を買って彼等を養わればならぬと。しかしそれは真理ではない。我々にとって必要なことは我々が如何にして田舎に住んで居るか、そして如何にしてその人民を養って居るかと言うことを観察することである。
冬は逝き、復活祭は近づいて居る。街では富める者の同じ祝宴が行われる――遊園地に於いて、庭園に於いて、公園に於いて、河上に於いて、音楽、演劇、乗馬、イルミネーション、花火。しかし田舎ではもっといい。――空気はより清くなり、樹や牧場や花はより新鮮である。凡てのものは蕾をもち凡てのものは花咲いて居る。そして今や、我々、他人の労力によって生きて居る富める人民の多数は新鮮な空気を呼吸し、牧場や森を眺めんが為めに田舎に行く。かくて彼等はこの田舎に於いて、パンと玉葱とを食とし、毎日18時間労働し、而も十分な睡眠をとることも出来なければ衣服を纏うことも出来ない貧しい村民の間にその住処を定める、何人もこれ等の人民を誘惑しない。ここには製造工場がない。都会には沢山に在り、それに働くべき仕事を与えることによって養ってやるのだと、我々が想像して居るかも知れない所の遊民がない。ところが人民はここで夏の期間は決して自分の仕事をすることを得ない、そしてまさに遊民がないばかりでなく、多くの財産は人手の足りない為めに失われて居る。そして多くの男や子供や老人や幼児をもって居る女などはみな過労する。
然らば富める人民は如何にしてこの田舎でその生活を営んで行くか。それはこうだ。若し農奴時代に気付かれた古い邸宅がある様なことがあったならば、この家は修繕せられ装飾し直される。若しなかったならば二階若しくは三階建ての家が築かれる。12から20、若しくはそれ以上の数に上る各室は何れも約16フィートの高さをもって居る。高価な家具什器は買われる。――たとえば12ルーブルから60ルーブル位までの戸棚。邸宅の近くに路が造られる。花壇は開かれる。クロケット場ジャイアントストライドや反射球や温室やそれから贅沢な厩舎などがある、凡ては、老人や子供等の吸物には欠けて居るその油をもって準備された彩色で描かれて居る。若しある富める者が金を出すことが出来ればそれを買う、出来なければ借りる。而も我々の群(サークル)の如何に貧しくかつ自由なる人も田舎に於いてかかる家に住む、そしてそれを建てたり保管して行くのには、野良に於いて生活の料を儲けるために彼等自身の仕事をするに足る丈けの十分の時間のない12人の労働者をとることが必要である。
ここでは我々は、製造工場が既に存在して居る、そして我々が彼等の仕事を使用しようがしまいがそれが継続するであろうなどと言うことは出来ない。我々は我々が遊民を養って居るのだとは言い得ない、ここでは我々はただ、我々自身にとって必要な物を作るために工場を建てて居るのである、そしてただその周囲の民を利用して居るのである。我々は我々及び一切の人にとって必要な如く人民にとっても必要な仕事を彼等から奪い、そしてかかる組織によってあるものを腐敗せしめ、他人の生命や健康を破壊しつつある。
ある村に上流階級の教育ある尊敬すべき家族や、政府の官吏やが住んで居ると仮定せよ。するとその家族のものや訪問者は6月の中頃にかけて集まって来る、何故なれば6月までは彼等は勉学し試験を受けて居たからである。彼等は草苅りが始まる時分から集まって来て9月の収穫や種まきの時まで止まって居る。家族の成員は(この階級の殆んど凡ての人の如く)激烈な仕事――乾草ごしらえ――の始まってからそれの終わるまでは止まらない。と言うのは9月には種蒔きが始まり馬鈴薯掘りが始まるからである。しかし労働は尚緩められるのではない。滞在の全期間中、彼等の周囲若しくは彼等に近く、百姓の夏季作業が行われて居る、その激忙は如何に我々がそれに就いて聞いたり読んだりしても、如何に多くそれを眺めても、それを自ら経験するにあらずんば十分な観念を形造ることは出来ない。
約10人の家族の人々が、都会に於いて生活したのと同じ風に生活しつつあった。ことによると都会に於けるよりももっと悪く。何となればここ村落に於いては彼等は休息しつつあると(何事をなさざりし後)想像されて居るから。そして仕事に就いて見せかけをすることが出来ず、また彼等の怠惰に向かって何等の遁辞をも有せないからである。
中夏のレント祭が来て、人民がその欠乏のためにクワス(自家製の安酒)とパンと玉葱とで生活をしなければならぬ時から草苅期が始まる。田舎に住む紳士はこの労働を見て一部分はそれを指揮し、一部分はそれを賛美する。即ち、乾草の香りや女の歌の音や鎌の喧騒や、草を苅ったりかき集めたりして居る男女の列やなどを楽しむ。彼等はこれを彼等の家の近くにも、また、終日何事をなさない若い男女や子供らと共に僅か数百ヤードの教理にある水泳場へよく肥えた馬を走らせ時にも見る。
草苅の仕事は世の中に於いても最も重要な仕事の一つである。殆んど毎年、人手と時間の不足のために、牧場は半ば苅られないで残され、そしてまた雨期の始まるまでそうして残されるであろう。かくて労働の強弱の度合が、20%若しくはそれ以上の貯蓄が世界に加えられるか、若しくはこの上草がまだ苅られもしない中に腐朽し荒廃さられるかと言う問題を決定するのである。
そして若しそこに、より(ヽヽ)多くの乾草があるならば、成人により多くの肉が加えられ幼児には乳が加えられるであろう。これは一般的な事情である。だが特別な事情から言うと、各々の苅手にとって、自分には冬中のパンの問題、子供たちには乳の問題がこれによって決定される。
男と言わず女と言わず、労働者の各々はこれを知って居る。子供達ですらその大切な仕事であるのを知って居る、そして彼等は各々その全力を注ぐべきだと信じ、草苅の場所まで父のためにクワスの壷を片手から片手に移しながら、父に小言を言わせない様に、昼餐に間に合わせる様に、村から多分一里半もあろうと言う教理を出来る丈け早く素足で走りながら運んで行く。何人も、草苅から収穫まで、そこには少しの労働の休止もなく休息の時もないのを知って居る。それに草苅の他に各々はまた他の仕事をしなければならない。即ち新しい土地の耕鋤である、――女は女で晒麻をつくらねばならずパンを焼かねばならず、洗濯物をしなければならぬ。百姓はまた水車場や市場に馬を駆らねばならず、その社会的の公務にも従事しなければならず、機関車でもって地方の官庁に支給しなければならず、牧馬と共に野に夜を過ごさねばならぬ。
老いたるも若きも病めるも凡てはみな、その全力を尽くして働く。
最後の並びが苅り取られた時には、苅人が(その中には虚弱者もある、未成年者もある、老人もある、)暫らく休んで新しい並びを苅り始めるのには非常な苦痛を感じる程にも疲れる位に百姓は働らくのである。女もまたしばしば子供を連れながら随分と酷く働くのである。
それは張りつめた休みなき労働である。凡てのものは彼等の力の限りを働く、そしてまさに彼等の食料を食い尽くすばかりでなく、その貯蓄をも用いてしまう。由来百姓は常に決して強健ではないが特に収穫期間は凡て痩せ衰える。
乾草畑に働く小さな一群がある。三人の百姓。一人は老人、他は彼の結婚せる甥、今一人は針金の様に痩せた村の靴屋。今朝の彼等の草苅は、来るべき冬の期間の彼等の運命、――牝牛を飼いつづけることが出来るかどうか、租税を納めることが出来るかどうか、――を決定する。これは彼等の第二週の仕事である。雨は暫時彼等を妨げる。雨が止み、水が乾上った後に、彼等は草積(いなむら)を造ることに決める。そしてそれを疾く仕上げんが為めに二人の女をして彼等の苅った分をかき集めしめねばならぬと決める。老人と共に、11人の子供を生んだことと労働との為にすっかり疲弊して居る、50歳になる彼の妻がやって来る。彼女は啞ではあるが働くのには十分な力を持って居る。そして彼の娘、13才で背は低いが敏捷で強健な小娘もやって来る。
甥と共に彼の妻もやって来る。百姓の如く強い丈高い女。そして彼の義妹―― 一兵卒の妻で子供をつれて居る。靴屋と共には彼の妻――剛健な労働女。そして彼女の母―― 一年間の残りの時を乞食で過ごす80の老婆。
彼等は一列に並ぶ。そして6月の炎天の朝から晩まで働いた。非情な暑さでおまけに雷雨が今にもやって来そうである。仕事のどの瞬間も貴重なものであった。彼等はクワス酒や水を持って来る為めにすら仕事を休むことを欲しない。老婆の孫の小さな子供が水を持って来る。老婆は明らかにただこの一点――仕事から追いやられない様にと言う――を憂いて居る。彼女は熊手を彼女の手から離さない。そして非常な困難を持って働き回る。小さい子供は自分よりも重い水瓶を持って全くかがまりながら、跣足で小股に歩み、持ち替え持ち替えしては壷を持って来る。小娘もまた自分よりも重い乾草の一束を背負って数歩歩いては休み、休み、そして遂にはもうそれを持ち運ぶ力がないのでそれを投げ捨てる。老人の妻もまた小やみもなく乾草をかき集める、彼女の頭巾(カーチーフ)は乱れた彼女の髪からぶら下がって居る。彼女は乾草を運ぶ。苦しい呼吸をしながら、重さに堪えかねてよろめきながら。靴屋の母は唯眺めて居る。けれどこれもまた彼女の力には余って居る。彼女は仮縫いの靴を履いてのろくさと彼女の脚を引きずる。非情な病気をして居る人か、若しくは死の間際に立って居る人かの様な、憂鬱な顔で前方を眺めた老人は故意と彼女を遠く他のものとはかけ離れたところへやって草積みを集めしめる。彼女が他のものと競争しない様に……。しかし彼女は仕事をやめない。そして他のものの働く限り同じ死の様な憂鬱をもってつづける。
太陽は既に森の後ろに隠れて居る。草積(いなむら)はまだ整って居ない、まだまだしなければならないことは多い。
みんな今はもう仕事をやむべき時だと感じる。けれど誰もそれを口に出して言うものはない。銘々は誰かそれを暗示するのを待って居る。遂に靴屋はもう力がつき果てたのを知って草積を明日の朝まで伸ばしておくことを老人に申し出る。老人はそれに同意する。すると直ちに女たちはその着物や壷や又把をとりに行く。老婆は彼女の立って居たところに座る。そして同じ瞶めた瞳をその顔に浮かべながら横たわる。しかし女たちが行ってしまうと、彼女は呻りながら起き上がり、這う様にして彼等に従いて行く。
眼を田舎家に転じよう。その同じ夕方、村の方からは仕事から帰って来て居る疲れ果てた草苅人等の鎌の触れて鳴る音や、鉄砧にふれる鎚の響や、漸く草あつめから帰って来たばかりだのに、既に家禽を追い込む為めに走って居る女や娘の叫び声などが――別墅(べっしょ)から来る他の音と雑じった響きと共に――聞こえる。一音一音ピアノは弾奏される、ハンガリー民謡がクロケットボールの騒ぎを通して聞こえる。厩の前には数人のお客を10マイルの彼方から運ぶのに20シリングの賃銭で雇った肥えた四頭立ての馬車が窓を開いたままに置かれてある。
馬は馬車の側に立ちながら、その小さな鈴をチリンチリン言わせる、彼等の前には枯草が投げ出されてある。それを彼等は蹄でもって蹴散らして居る。而もそれは百姓たちがみんな骨折れをして集めたものである。この邸宅の庭内には運動がある。門衛としての彼の職務に対して与えられた、桃色の襯衣を着た強健で肥満せる男は馭者を呼んで数頭の馬に馬具をつけ鞍を置くべきことを命じて居る。ここに馭者として住んで居る二人の百姓はその自分の室から腕を振りながら軽快な態度でやって来て、貴婦人や紳士のために馬に鞍を置く。更に近く家に接して他のピアノの音が聞こえる。これ彼の音楽女教師が――子供たちに音楽を教えるためにこの家庭の中に住んで居るところの――シユウマンを練習して居るのである。一つのピアノの音は他のピアノの音と騒々しく縺れあう。家に最も近く二人の乳母が歩いて居る。一人は若く一人は老いて来る。彼女は子供たちを寝床にまで連れて行き携えて行く。而もこれ等の子供達は壷をもって村から走って来る百姓の子供と同年配である。ひとりの乳母は英国人である、彼女はロシア語を話せない。彼女は何か特別な才能があるからと言うのでなく、ただロシア語を話せないと言う点から、態々英国から雇われて来たのである。更に進んではこれもロシア語を知らないと言うので雇われて居たある人物――フランス女がある。尚進んでは一人の百姓が二人の女と共に家に近い花床に水を注いでやって居る。今一人は一人の若い紳士のために銃を掃除して居る。こちらでは二人の女が清潔な晒麻を入れたバケツを運んで居る――彼等はこれ等凡ての紳士のために洗濯して居たのである。家の内では二人の女が丁度食事を終わって宴会の後の皿や盤を洗うのに忙しい。夜会服を着けた二人の百姓は珈琲や茶や葡萄酒やセルツエル水を持って梯子段を忙しく上がったり下りたりして居る。階上には食卓が展べられて居る。第一次の食事が終わり今や第二次のが始まらんとして居る。それは鶏鳴時まで、時としては夜明けまでも続く、或る者は座して煙草を喫んで居る。或る者は骨牌を遊んで居る。他の者は座して煙草を喫いながら改革の自由思想を論じ合って居る。そしてまた他のものは彼方此方と歩き回り、食い、喫み、何をなしていいかわからないので馬車を駆ろうと決心する。
この家族は15人の健全な男女によって成り立って居る。そして30人の健全なる男女の労働者が彼等のために労働するのである。そしてそれは毎時間そしてどんな小さな子供さえも大切であるその場所に於いて行われるのである。
これはまた、7月、百姓がろくに寝もしないで、燕麦を失わない様にと夜中苅りとり、女たちは時をそらさず麦穂を打ちおとさんが為めに夜明け前に起きるであろう時分にも同じである。収穫時中精力を使い果たしたこの老いたる女や、子供のある女や、小さい子供達は再びまた過労に身を痛める時に、そしてこの穀物を家に取り込む為めに(それをもって一切の人を養い、人々をして死ぬことなからしめんが為めにはロシアだけででも数百万ブッセルを要するところの穀物を)人手や馬や荷車などが不足を告げる時に、こうした間にも紳士貴婦人の怠惰な生活が行われるのである。素人演劇、行楽、狩猟、飲酒、食事、ピアノ演奏、吟誦、舞踏――実際、絶えざる宴楽。
少なくともここでは、凡てこれ等のことが目の前で行われて居ると言う事実に何等の弁解をも見い出すことが出来ない。こうした種類の何者も以前は存しなかった。我々自らが労働者からパンと労働とを奪いとるかかる生活を創造したのである。恰も瀕死の洗濯女や少女の娼婦や巻煙草を製造するために疲憊した女や、かの栄養不足の力では、到底堪えきれそうもない強烈な労働が、我々の周囲に於いて行われて居ると言う事などと、何等の関係もないかの如くに我々は贅沢に暮らして居る。我々は、若し我々の怠惰な堕落した生活がなかったならば、人民の力に平衡しないこの労働があるまじく、そしてまたこの労働がなかったならば、我々はこんな風に生きて行くことが出来ないと言う事実を見ることを欲しない。
我々には、彼等の苦悩は一つの事で、我々の生活は他の事である。そして我々が今住んで居るが如くに住むことは鳩の如く無垢で純潔であると言った風に見える。我々はローマ人の生活の記録を読んで、人民が餓死しつつある時に美味美酒でもって飽満して居る無情なるリュキラスの不人情に驚く。我々はまた、奏楽所や劇場を建てその庭園を支えんが為めに全村を用いた我々の祖父たち――農奴所有者――の野蛮に萎縮し驚嘆する。我々の偉大の高所から我々は彼等の不人情に驚嘆する。我々はイザヤ書5の8に於いて下の言葉を読む。
『禍いなるかな、かれらは家に家を建てつらね、田圃に田圃をましくわえて余地をあまさず、己ひとり国の内に住まんとす。
禍いなるかな、かれらは朝つとにおきて濃酒をおいもとめ、夜のふくるまで止まりてのみ、酒にその身をやかるるなり。かれらの酒宴には琴あり琵あり鼓あり笛あり葡萄酒あり。されどエホバの作為(みわざ)をかえりみず、その手のなしたまうところに目をとめず。
禍いなるかな、彼等はいつわりを縄となして悪をひき、索には車をひく如く罪をひけり。
禍いなるかな、かれらは悪をよびて善とし、善をよびて悪とし、暗をもて光とし、光をもて暗とし、苦きをもて甘しとし、甘きをもて苦しとする者なり。
禍いなるかな、彼等は己をみて智しとし、自らかえりみて聡しとする者なり。
禍いなるかな、かれらは葡萄酒をのむに丈夫なり。濃酒を和するに勇者なり。かれらは賄賂によりて悪きものを義となし、義人よりその義をうばう。』
我々はこれ等の言葉を読む。そしてそれは我々と何事の関係がない様に見える。
我々はマタイ福音書3の10に於いて『今や斧は樹の根に置かる。故に凡て善き果を結ばざる樹は斫られて火に投げ入れらるべし』と言う言葉を読む。而も我々は善き果を結ぶ善き樹とは我々自身のことであり、それ等の言葉は我々に対して言われたのではなしに、誰か他の悪人に言われたのだと確信して居る。
我々はイザヤ6の10に於いて以下の言葉を読む。
『なんじこの民のこころを鈍くし、その耳をものうくし、その眼をおおえ。恐らくはかれらその眼にて見、その耳にて聞き、その心にてさとり、偽りて癒される事あらん。ここに我いいけるは、主よいつまで如比あらんか。主こたえたまわく、邑はあれすたれて住むものなく、家に人なく、国こと如く荒土とならん時まで如比あるべし。』
我々はこれを読んで、この驚くべきことが我々に起こったのではなく、誰か他の人に起ったのだと確信して居る。この理由によって、これが我々に起こったのだと言うこと、また今も行われて居ると言うことを見ない、我々は我々の心情をもってきかない、心情をもって見ない、また心情をもって了解しない。しかし何うしてそれが起こったか。
二六
自らを理性や良心を全然とは欠いて居ない者だと――私は敢えて自らをキリスト信者若しくは教育のある慈悲深い人とは言わない――思って居る者ならば、何うして彼は、生命に対っての全人類の苦闘に参加しないで、生存競争によって他人の労働を飲み込んでしまい、そして彼自身の要求によって苦闘するそれ等の人々の労働を増加せしめ、その闘争の中に於いて滅亡する者の数を増加せしむるが如き、そんな生活を続けない筈である。
かかる人々は我々の所謂キリスト教界又は教養ある人々の間に充満して居る。そして当に彼等が我々の世界に充満して居るばかりでなく、我々のキリスト教界又は教養世界の人々の理想は、最大量の財産を――即ち富を――得ると言うことである。(富、それはその所有者をして生存競争の埒外に踏み出さしめ、生活の凡ゆる慰籍と怠惰とを獲得せしめ、彼等をしてその闘争をしてその闘争に於いて滅亡する兄弟達の労力を出来る丈け多く獲得せしむるところのものである。)
何うして人々はかかる驚くべき誤謬に陥ることが出来たか。
何うして彼等は、かくも明瞭にして確実なる事を、その心情をもって見もしなければ聴きもせず、了解もしない状態にまで立ち至ったか。
人はたとえキリスト信者であろうとも、或は単に親切なる教養のある人であろうとも、その自らが信じて居ると宣言することと矛盾して居る生活の仕方に戦慄せんが為めには、ほんの一瞬間考えればよい。世界や人類を支配するものは神であろうが自然の法則であろうが、善であろうが、悪であろうが、私の知る限りでは、この世界に於ける人間の地位は、裸なる人々が――彼等には肉体を包むべき羊毛がなく、隠家をもとむべき穴がなく、ロビンソンクルウソウが彼の島の野原に於いて見出した様な食物のない――自ら衣をつくることによってその肉体を被い、その頭上の屋根によって自らを護り、彼等及び彼等の子供や両親の飢えを満たすべく二度若しくは三度の食物を儲けんが為めに、自然との不断のそして絶え間なき闘争を続けなければならぬ状態に置かれてあるのである。
何処でも何時でもそして如何なる程度に於いてでも、若しも我々にして人々の(それもヨーロッパ人であろうが米国人であろうが支那人或いはロシア人であろうが)生活状態を観察するならば、全人類を思惟の範囲に入れようが、小部分をそうしようが遊牧的状態に於ける昔に於いてであろうが、蒸気機関や蒸気鋤や種蒔機械や電気燈をもてる現代に於いてであろうが、我々は一つのそして同じことの行われて居るのを見る――即ち人々が不断にそして不休に働いて、而も自らの為めに食も衣も家も得ることが出来ず、今も昔と等しく、その小さきも老いたるも、最大多数の人々が生活の必至物の欠乏と過労との為めに徐々として滅亡して行きつつあるのを見る。
何処に我々が住もうとも、若し我々にして我々の周囲に10万マイル、若しくは千マイル、若しくは10マイルの若しくはただの1マイルの周囲の円をさえ引くならば、そしてその周囲の中に住んで居る人々の生活を眺めるならば、我々は、半ば餓死したる子供や、男女の老人や、孕んだ女や、病者弱者等が、自らの力以上の労働をなし、自らを支えるに十分な食物も休息も有し得ない、そしてそのために時の来ない間に夭折する人々を見出すであろう。また十分に成長したる壮年者が、危険なるそして有害なる仕事の為めに殺されて居るのをすら見るであろう。
世界が闢けてより此方、我々は人々が非常な努力と困難と欠乏とをもって、その共通の要求のために闘って来たこと、而も未だその困難に打ち勝つことが出来なかったことを見出す。
のみならず、我々はまた、我々のうちの何人も、何処にまた如何に住むとも、欲するとも欲しないとも、毎日また毎日、人類によってなされた労働の一部を自らのために吸いとって居るのを知る。
何処に、また、如何に、人が住もうとも、彼の頭の上の屋根は自分からは生じはしない。この暖炉の薪は自分でそこにやって来はしない。水力もまた自分でやって来ない。そして焼かれたパンは天から降っては来ない。彼の食べ物、彼の被覆、そして彼の足の被いもの、凡てこれ等はまさに夙くに死んだ過去の人々によってつくられたばかりでなく、現に幾百幾千の自らのためまた子のため、十分になる隠家と食物と衣服とを――自分及びその子供たちを苦悩及び夭折から救う手段を――得んとする無駄な努力のために、哀願し死亡しつつある人々によって、造られて居るのである。
凡ての人々は欠乏のために闘争して居る。彼等は彼等の周囲に、常に彼等の兄弟や父や母や子供たちが滅んで居る程にも烈しく戦って居るのである。この世に於ける人々は、少しばかりの食料をもって居るばかりで、凡ての道具を失い、水に侵入されて、運動の自由を失った船の上に於ける人の様である。凡て神若しくは自然によって、人々はその食物を耕し、不断にその欠乏と戦わねばならぬ様な位置に置かれたのである。
我々の内の凡ゆる人のこの仕事の障害や、共同の幸福にとっては無用であるところの、彼の他人の労働の吸収は、我々にとっても同様に破滅的である。
一体大多数の教養のある人民が働きもしないで静かに他人の労力を――彼等自らの生活のために必要であるところの――吸収し、そしてかかる事柄は極めて自然で合理的であると思惟して居ると言うのは何と言う怪しからぬことだろう。
若しも我々にして、万人に固有にして自然である労働を逃れて、それを他人の肩に負わしめ、而も同日に自らを謀反人とも盗賊とも思わない様にしたならば、我々はただそれを二つの過程――その第一は一般の労働者の仲間に入って居ない我々は、労働者とは別種の人間であって、社会に於いて成就すべき特殊な運命を持って居る(働蜂とはその機能を異にして居る雄蜂や王蜂の如く)のだと言うこと、第二には、生存競争から自らを自由にした人々であるところの我々が他人のためになして居ることは、我々が他人に加重の重荷を負わして居るところの、彼の害悪に比して、疑いもなく相償う程にも万人にとって有用なことを、他人のために為して居るのだと言うこと――によってのみなし得る。
昔時、他人の労働によって生きて居た人々は、まず第一に彼等が別の種族に属して居ると言うことを断言した。第二には彼等は神より特殊な使命を持って居る――他人の幸福に関したところ――のだと断定した。換言すれば彼等を支配し教育する二つの特殊である。それ故に彼等は他人に断言し、そしてその一部分は、彼等のなした仕事は、人民がそれによって儲ける労働よりも、もっと有用で、もっと重要であると自ら信じて居る。この弁明は人間の出来事に対する神の直接なる干渉や種族の不平等が疑われなかった間は十分であった。
しかしこの弁明は、キリスト及びそれから生まれるところの、人類の平等及び統一の意識と共に、最早以前の形式に於ては表白され得ない。
今や最早、人は相異なれる種類や性質を持って生まれ、そして異なりたる運命を持って居ると断定することは出来ない。かくて古い弁明は今も尚ある人々によって抱かれて居ることは居るが、次第々々に破壊せられ、そして殆んど全く消滅してしまった。
しかしたとえその名分が消滅しても、その事実それ自身は――ある人を労働しなくてもよくし、そして彼等をして他人の労働を利用せしむるところの――それを強行あい得る力を持って居る者にとっては全く同じである。この現存の事実のために新しい口実が不断に発明された。人間の差別を断定することなくして、皮相なる正義をもって個人的労働から逃れ得んが為めに。
莫大なる弁明が発明された。如何にそれが奇怪に見えても、凡ゆる科学と称ばれるものの主要なる目的は、そして科学を支配する傾向は、かかる口実を探し出すことであった。
これは神学や法律学の目的であった。これはまた謂わゆる哲学の目的であった。そしてまた近頃では、この弁明を用いるところの現代人たる我々には如何に不思議に見えようとも、これは近代の合理的科学の目的ともなった。
ある教会がキリストの唯一の真継嗣者であるが故に、その教会のみが人々の心霊や肉体の上に、十分なるそして無制限の権力を持って居ると言うことを証明するのを目的とする、凡ゆる神学的狡計はまったくこの目的を目論んで居たのである。
一切の法律学、――国法、刑法、民法、国際法――はこの唯一の目的を持って居る。
哲学説の多くは、殊にかくも長い間人心を支配した、また、一切の存在物は合理的であると言うことや、そして国家は人間の人格の発展のために必要なる形式であると言う断定などをもって居たヘエゲルの哲学説は、ただこの唯一の目的を抱いて居たのである。
コントの実證哲学及びその結論たる、人類は一つの有機体であると言う教理。人生を指導したダーウィンの生存闘争説及びその結論たる、人類の分化。今、流行して人類学、生物学、社会学。――凡て皆これ等は同じ目的を持って居る。これ等の化学が愛好されるのは、ある人々をして人間の労働の義務を逃れて、他人の労力を消費するを得しむる現存の事実を弁明するに役立つからである。
凡てこれ等の学説は、常に然るが如く、それ等の神秘なる聖所に於いて作り出される。そして空漠たる難解なる表白のうちに、庶民の間に広布せられ、そして彼等によって採用される。
昔に於けると同じに、教会や国家に於ける暴力を弁明する神学の狡計は、祭司の特殊なる財産である。そして、人民の群衆の間に信仰によって採用され、また彼等の為めに出来合って居る結論、王や僧侶や貴族や権力が神聖であると言うことが確かめられる。それと同じ様に、謂わゆる科学の哲学的及び法律的狡計が科学の祭司の財産となった。かくて庶民を通じて、信仰によって受納れられた出来合いの結論――社会制度は(社会の組織)この様なものであって、これ以外のものであってはならないと言うこと――が流布された。
それは今も尚その通りである。人生の法則や有機体の発展の分析されるのは、近代的聖者の至聖所に於いてのみである。そこで群衆の間に於いては、信頼によって受納れられた出来合いの結論――分業は科学によって確保された法則である。それ故に或る者は飢え且つ奮闘努力し、他は永遠に享楽し、而してこの或る者が破滅し或る者が享楽すると言うことは、人間の生活の疑いも無き法則であって、我々はそれに信従しなければならぬと言う――が流布されて居る。
上は鉄道の所有者より下は著者若しくは芸術家に至るまでの、諸種の活動をもてる、一切の、謂わゆる教養ある人物が、その自らの怠惰を証明する流行語はこうである。生存闘争の仲間入りをする普通人の義務から自らを解放した我々は進歩を助けつつある。それ故に我々は、凡ての人間の社会に非常に有用である。その有用は、我々が人民の労力を消費することによって彼等を害する一切の事を償って余りあると。
この理屈は以前の非労働者が自らを連盟したのとは大分違って居る様に現代の人々には見える。恰も、ローマ皇帝及び市民が、彼の為めになら文明世界が破滅してもいいと推理したことは、エジプト人やパリサイ人の理屈とは全く別のものであると彼等に見えたのと同じである。それと同じ様にまた、全く同じ種類の技術を使用したのにも拘らず、中世期の騎士(ナイト)や僧侶は、ローマの理屈とは全然相違して居る様に思ったのである。
しかしそれはほんのそう見える(◦◦◦)ばかりである。人はただ、その中に何も新しいものがないと言うことを断定せんが為めには、我々の時代の弁明を反省しさえすれば良い。それはただ少しその装いを変えたばかりであって、実質は同じである。何となればそれは同じ原理の上に築かれて居るからである。
パロやその阿諛者の如く、またローマ及び中世期の諸皇帝や、その市民や、騎士や、祭司や、僧侶の如く、自らは何者をも産することなくして、他人の労力を消費することの、凡ゆる弁明は、この二つの断定から成り立って居る。第一には我々が庶民の労力を奪う事の理由は、我々が彼等とは異なった、彼等を支配すべくそして彼等に神聖なる真理を教えるべく神の召命を受けたものだからである。第二には庶民を構成して居るそれ等は、我々が彼等のためになす善の代りに、彼等から奪う労力の度合いを審くことは出来ない。何となればパリサイ人によって言われしが如く『この法律を知らざる群衆は詛わるべきである』(ヨハネ伝7の49)からである。
人民は彼等にとって善であるものを了解することが出来ない。それ故に彼等は彼等になされた祝福の審判者たることを得ない。我々の時代の弁明は全く皮相な創意であるのにも拘らず、同じ基本的な事実の断定から成り立って居る。第一に我々は異なった人民である、教養のある人民である。――我々は進歩と文明とをたすける。而してこの事実によって我々は庶民に大いなる利益の媒介となる。第二に教育のない群衆は、我々が彼等に媒介する利益を了解することが出来ない。それ故それ等の批判者たることが出来ない。
その根本的な断定は同じである。我々は自らを労働から解放する。他人の労力を利用する、そしてこれによって我々の同僚の負担を重くする。斯くてそれを断定した後、その償いとして、我々は彼等に大なる利益をもって来る、しかし彼等は無智であるので、それを批判することが出来ない。
然らば同じことでないか。唯一の相異はこの中に横たわって居る。即ち以前に於て他人の労力を要求したものは市民やローマの祭司や騎士や貴族であったが、今やこれ等の要求は自らを教養のある者と称して居るところの階級によってなされる。
その佯(いつわ)りは同じである。何となれば自らを弁明するところの人々は同じ虚偽な地位に立って居るからである。その虚偽は自らを労働から自由にした人々――パロや祭司や自らを教育ある人民と称んで居る我々自身の如き――労働者に与えた利益に就いて推理し始める前に、まず第一にこの地位を占領し、然る後その弁明方を製造すると言う事実によって成立する。
その地位がまず、一般に弁明の根本として役立つ、我々の弁明の昔のそれと異なるところは、ただそれがもっと虚偽であってもっと根拠が薄弱であると言う事実の中に存する。古の皇帝や法皇にして、若し彼等自らが、そして人民が、彼等の神聖なる召命を信ずるならば、何故彼等が人民の労力を支配しなければならないかと言う事は容易に説明することが出来る。彼等は彼等が神自身によってこの事を任命せられ、そして神から人民に啓示された神聖なる真理を教え、彼等を統治すべく命ぜられたと断定する。
しかし自らの手を持って働かずして、而も万人の平等を認める近代の教育ある人々は何故彼等及び彼等の子たちのみが、彼等の教育の為めに幾百となく幾千となく滅ぼされて居るそれ等幾百万の者の中から、かかる容易で怠惰な生活に召命されたかを説明することが出来ない。彼等の唯一の弁明はこのうちに構成する。即ち、丁度彼等が自らを労働から解放し、他人の労力を呑み尽くすことによって労働者に害をなす代わりに、人民に彼等の知らない何等かの利益を持ち来たし、そしてそれは彼等の行う凡ゆる害悪を償うに足る、と言うのである。
二七
個人的労働から自分を解放した人々が自らを弁明する学説の、最も単純にして最も精確なる形式はこうである。『自己を労働から自由にし、暴力によって他人の労力を利用する人間であるところの我々は我々が、より(ヽヽ)よく彼等を益し得るのを見出した』と。換言すれば、ある人々は、明瞭にして解りきった傷害を人民に与えることが――暴力によって彼等の労力を利用し、それ故に彼等の自然に対する闘争の困難を増加して――彼等に不明瞭にして解すべからざる善をなす事だと言うのである。これ実に不思議なる命題である。然るに他人の労力によって生活する古代及び近代の何れの人々もそれを信ずる。そしてそうすることによってその良心を静める。
今日、自分を労働から自由にした諸種の階級の人々が、如何なる方法によってそれを弁明するかを見ようではないか。
『余は教会若しくは国家に於いて活動することによって――王として大臣として大僧正として――人々に仕える。余は商業若しくは産業によって人々に仕える。余は科学及び文芸の部分に活動することによって人々に仕える。彼等が我々に必要なるが如く我々もまた我々の活動によって彼等に必要である。』
労働から自らを自由にした今日の諸種の人々が斯く言う。
彼等が彼等の活動を有用であるとする原因を(順次に)考えて見よう。
ある人の他の人に対ってする活動の有用を徴證するものはたった二つある。(一)外的上徴證――それが行いかけられた人々によってその有用を認容された場合。(二)内的徴證――有用ならんと試みて居る人の活動の根底に、他人に有用ならんと欲する欲望が横たわって居る場合。
政治家(私は政府が政治家の範疇に入れて指名した教会の高級僧侶をもこの中に包含する)は彼等の統治する人民に有用であると言われる。皇帝も国王も共和国の大統領も総理大臣も司法大臣も陸海軍大臣も文部大臣も監督も、その他全て彼等の下に於いて国家に仕えて居る者共は、生存のための人類の闘争から自らを自由にし、その重荷を他人の肩上におっかぶせて住み、而も、彼等の非活動がそれを償い得ると言う。
この第一の徴證を、政治家がその人の幸福のために活動するのだと言うそれ等の人々に適用して見ようではないか。私は問う。彼等はこの活動の有用を認めるか何うかと。
然りそれは認められる。多くの人は経国の才が彼に必要だと思惟する。大多数は、原理としてはこの活動の有力を認める。しかし我々に知られた一切の顕現に於いて、我々に知られた凡ゆる特殊な事件に於いて、各々の制度の有用、及び、この各々の活動の現れの有用は、単にその人々によって拒まれるばかりでなく、有毒であり有害であるとさえ言われる。多くの人々によって有害だと思惟せられない政治的機能若しくは社会的活動はない。有毒だと思惟せられない制度もない、――法廷、銀行、地方自治政府、警官、僧侶、一切の国家的活動、上は大臣から下は巡査に至るまで、監督から寺男に至るまで、それは凡て、ある者によっては有用だと惟えられ、ある者によっては有害だと惟えられる。そしてこれは単にロシアに於いてばかりでなく、全世界を通じてそうであったのである。フランスに於いてもアメリカに於いても。
共和党の活動は過激党によって有害だと思惟せられ、それと反対に過激党の活動はまた共和党及びその他の党によって有害だと思惟される。しかし政治家の活動が当に万人によって有用だと惟えられないばかりでなく、その他に、それを行うのには常に暴力によらねば成らず、その目的を遂行するのには虐殺や死刑や牢屋や暴力によって徴収された課税やなどが、必要となると言う特別な事情がある。
それ故に、政治的活動の有用が万人によって認められず、常に一部の人々によって拒まれると言うこと以外に、この有用は、常に暴力をもってそれ自身を擁護すると言う特殊相をもって居るように見える。
それ故に、政治的活動の有用は第一の徴證――即ちそれがその人の為めに行われて居ると言われる人々によってその有用が認められると言う徴證――は確認されない。
第二の試金石に当てはめてみよう。まず我々は上はザァや教長(パトリアーク)や大統領やから、下は巡査や寺男や書記に至るまで、謂わゆる政治家と称するところのものに向かって、誠実な答えを為さんことを乞うて置いて、さて彼等がその尊敬すべき地位を占めて居るが、それは人々に向かって何か善を成そうとして居るのか、或いはそれとも何かその他のことをなそうとして居るのかを聞いて見よう。皇帝や大統領や大臣や警部や寺男や教師やの地位を占めようと欲するのは、彼等が人々に有用ならんとする願望によって動いて居るためなのであるか、或いは又、自己の個人的利益の願望によってであるかを。然らば真摯なる人々の答えは、彼等の主たる動機は彼等自身の個人的利益のためであると言うであろう。
それはまた、他人の労力によって生き、それが為めに他人を滅ぼして居るところの人々の階級が、常に多くの人々によって、まさに無用であるのみならず有害であると思惟せられ、また任意的に受け入れられる者でなく、常に強制されねばならず、そしてその目的は他人の幸福のためでなく、それを行う人の個人的利益にあると言った様な活動でもって、この疑うべからざる害悪を償おうとするように見える。
然らば政治活動が人類にとって有用であるとする理論を確かめるものは何であるか。それはただこれを行う人々が、それを有用だと信ずる旨を断固として宣言するのと、それが常に存在して居たと言う事実とによるのである。しかし、同じ様にまた、奴隷や娼婦や戦争の如く、まさに無用であるばかりでなく非常に有害な制度も常に存在して居たのである。
実業家(商人、製造業者、鉄道所有者、銀行家、地主)は疑いもなく彼等によって為される害悪を償う善事を為して居ると信じて居る。何の根拠によって彼等はこれを信ずるか。誰が彼等の活動の有用を認めるかと言う質問に対して、教会及び国歌に仕える人々は、原理としては教会及び国家の有用を認める、幾千幾万の労働者を指すことが出来る。しかし、銀行家だとか蒸留家だとか天鵞絨や青銅鏡の製造家だとかは(銃の製造家は言わずもあれ)誰に――若し我々が彼等、与論はその有用を認めて居るか問うた時に――指すことが出来るであろう。
更紗木綿や鐵軌や麦酒やその他斯くの如き者の有用を認める人々が見出されるならば、更に多く、これ等のものの製造を有害だと思惟する人々があるであろう。
地主や、その活動が物価の制定にのみ限られて居る商人に関しては、何人も彼等を弁明しようとさえ試みないであろう。
のみならずこの活動は常に労働者に対する傷害や、暴力など(たとえそれは国家の暴力よりは直接的ではなくとも、その結果に於いては同様に残酷であるところの)と、関連して居る。産業や貿易に表されたる活動は、困難にして厭うべき労働を労働者に強いんが為めに、凡ゆる形式に於ける彼等の欠乏を利用しようとする事実の上に築かれて居るのである、即ち、必需品を安く買って、出来るだけ高価に、而もそれに金の利子をつけて、売ると言うことに存するのである。如何なる点からの活動を考えても、実業家が有用であると言うことは、一般の場合にも特殊の場合にも、それが依ってもって立って居る人々から認められてなく、大多数からは、直接に有害であるとさえ思惟されて居るのを見ることが出来る。
若しこれを第二の試金石に当てはめて実業の活動の主要なる目的は何であるかと言うならば、我々は政治家の活動に対する答えよりも更に決定的な答えを受け取るであろう。若し政治家にして、彼の個人的利益と共に一般の利福をも念頭に抱いて居ると言うならば、我々は彼等を信じざるを得ない。そして我々の各々は斯かる人々を知って居る。しかし実業家は彼の職業の性質上、斯かる一般的利福を念頭に抱くなどと言う事は出来ない。そして実際、若し彼にして彼の仕事をもって、彼の富を増し、そしてそれを保有して行くこと以外の何等かの目的を持って居るとするならば、それは寧ろ滑稽である。
それ故に労働者は、実業家の活動が彼等に何等の利益を与えるとは考えない。彼等の活動は暴力と提携して居る。そしてその目的は労働者に善をすると言うことではない、それは常に、そしてただ、彼等自身の個人的利益である。しかも不思議なことにはこれ等の実業家は大胆にも、その仮想的な善の代わりに、自らを労働から逃れしめ、労働階級の産物を消費することによって、労働者に疑うべからざる明白なる害をなす程、彼等自身の有用を確信して居る。
科学者や芸術家もまた自ら労働から逃れてそれを他人の方に負わせ、そしてそれを償うに十分な利益を他人に与え得ると信じて居る。この確信は何の土台の上に築かれるか。我々が実業家や政治家になした如く彼等にも聞いて見よう。技術及び科学の有用は全てのものに、若しくは労働者の大多数の者に丈けでも認められて居るかと。
我々は甚だ悲しき答えを受け取るであろう。国教会や諸官省に於ける人々の活動は、理論としては殆んど凡てに有用だと承認せられ、応用としてもそれが行いかけられるところの大多数の人々によって承認される。だが、実業家の活動はただそれに従事する者、若しくはそれを実行しようと欲して居る者によってのみ承認される。だが、その肩の上に人生の凡ての労働の重荷を負い、そして芸術家や科学者を食わせ被せる所の者は、これ等の人々の活動の有用を認めることは出来ない。何となれば彼等は、彼等には常に無用にして寧ろ堕落だとさえ見える斯かる活動に就いては、何等かの観念を形造ることさえ出来ないからである。
かくてなん等の例外なしに、労働者を踏台にして建てた、大学や図書館や温室や絵画及び彫像の美術館や劇場に就いても、彼等は同じ様に考える。
ある労働者はその子供を学校に送らない程にも、この活動をしかく明確に有害だと思惟する。そこで、人民をしてこの活動を承認せしめんが為に、至るところの両親を強制して、その子供を学校に送らしむべき法律を制定するの止むなきに至った。
労働者は常にこの活動を悪意を持って見る。そして彼等がそれを悪意で見ることを止めるのは、自分が最早労働者でなくなり、利得と、謂われる教育とによって、労働者の階級を脱れ、他人の頸によって生活する人々の階級に入った時のみである。
科学や芸術の活動の有無が、如何なる労働者によっても承認されず、また承認されるを得ないにも拘らず、而も彼等は、常にかかる活動のために犠牲を捧げしむることを強いる。
政治家はただ他人を断頭台(ギロチン)若しくは牢屋に送るばかりである。実業家は誰か他人の労力を利用し、彼から彼の最後の食料を奪いとり、そして彼に飢えを擇(と)るか、彼の健康や生命を破壊するに至るべき労働を擇るかの掛替えを残す。芸術家及び科学者は一見何人にも何事をもしない様に見える。彼は単に、喜んでそれをとる人々に、彼のなした善を提供して居る。しかし労働者には喜ばれない彼の製作をつくり得んが為めには、彼は官立学校や大学や専門学校や中学校や博物館や図書館や温室を、政治家に建設せしめ、且つこれを公開せしめ、また彼及び彼の同僚の給料を得る事の出来る様に、彼等から彼等の労力の大部分を暴力をもって奪う。
而も、若し我々にしてこれ等の科学者や芸術家に向かって、彼等が彼等の活動に於て追求して居る目的が、何であるかを訊ねるならば、我々は最も驚くべき答えを受け取るであろう。
政治家は彼の目的は共同の幸福であると答えるであろう。そしてそこには与論によって確かめられたる幾分の真理が雑ざって居る。
実業家の答えはもっと真実らしくない。而も我々はこれをさえ許容することが出来る。
科学者や芸術家の答えに至っては、何人も直ちにその証明の不足と、その鉄面皮とに驚かざるを得ない。それ等の人々は何等の証明もしないで(古の僧侶がよくそれを為した様に)彼等の活動は凡てのものの中で最も重要であり、また、それなくしては人類は破滅に赴くだろうと言う。事実、彼等自身の外何人も彼等の活動を了解もしなければ承認もしないのにも拘らず、また事実、彼等自身の定義に従えば、真の科学及び真の芸術は功利的な目的をもってはならないのにも拘らず、而も尚、彼等は自己の重要を語るのである。
これ等の人々はただ彼等の好むところの事をなす。そしてそんな利益がそれから人民に将来するかなどと言うことは毫も念頭に置かない。而も彼等は全人類のために最も重要で最も必要なことをなしつつあるのだそうである。
かくて、真摯なる政治家は、彼の活動の主なる動機が個人的であると言うことを承認しながらも、出来るだけ多く労働階級に有用であらんことを欲するに反して、また実業家の彼の活動の利己主義を承認しながらも、それに一般的功利の一つである様な外観を与えんと試みるに反して、科学者や芸術家は自らを有用の仮面の下に隠家を求めることさえ必要だとは思わない。彼等は有用であろうとする目的をさえ拒む。彼等は実に、単に彼等自身の職業の有用のみならず神聖をも確信して居るのである。
かくて自らを労働から逃れ、そしてそれを他人の肩の上に負わすところのこの第三の階級の人々は、労働階級のものには全く了解されない、そして彼等の眼から見てはつまらない(ヽヽヽヽヽ)、時としては非常に有害なつまらないことに従事し、そしてその仕事の有用などと言うことには少しも構わないで、ただ自らの興味を満足さす様なことに従事することとなる。ある何等かの理由から、これ等の人々は、常に彼等の活動なしには労働者は決して生存することが出来ないと確信することとなる。
人々は生活のための労働から自らを逃れ、そしてその重荷のために滅んで行く他人の肩に、仕事を負わす。彼等はこの労力を利用する。そして彼等自身の職業を肯定する。而もその職業とは凡ての他の人には了解されないものであり、有用の目的には向けられないものである。そして自らの生活の料を儲ける災いから自らを逃れ、また他人の労力を呑み尽くすことによって、人々に及ぼして居る害悪を償い得るものと称するものである。
政治家は、自らを自然との闘争に加わらないでもよくし、他人の労力を占奪することによって人々になす明瞭不可疑の害悪を償わんと欲して、凡ゆる種類の暴力を奨励し、かくする事に依ってまた、他の明瞭不可疑な害悪を人々に行う。
実業家は、人々の労力を選択することによって、人々に行う明白不可疑の害悪を償わんとして、出来るだけ多くの富を儲けようとする。即ち、出来るだけ他人の労力を利用しようとする。
化学及び芸術の士がその労働に向かってなす同じ明白不可疑の害悪を償う方法は、彼自らが惹きつけられそして労働者には全く不可解な、そして彼自身の断定に従えば、真理であらんが為めには有用などと言うことを目指してはならないところの仕事に没頭する。
それ故に凡てのこれ等の人々は、他人の労力を利用するところのこの権力の極めて安固なるを確認しきって居る。而も自らの生活の料を儲ける必要をなくしたそれ等の人々が、そう言うことをする口実のない事は明らかである。
しかし不思議なことには、これ等の人々は固く自らの正しいことを信じて居る。そして彼等が今生活して居るが如き生活を極めて平気でやって居る。
かかる甚大なる誤謬のどん底には何か最もらしい根柢や誤れる信仰が横たわって居るに相違ない。
二八
実際に於て、他人の労力に依って住む人々の置かれて居る地位は、ある信仰の上に築かれて居るばかりでなく、全然たる教理の上に築かれて居る。そしてそれも一つのみの教理の上に於いてではなく三つの教理の上に置いてである。この三つは幾世紀の間、一つ一つと生まれ出で、今では人々にその正義をかくすところの慄然(あっと)するような欺瞞――若しくは謂わゆる欺疑の中に混融して居る。
人間がその生活の料を儲けんが為めに労働をしなければならぬと言う、根本義務に対する反逆を弁明する三つの教理のうちで、最も古いものは教会の教理である。それに従えば人は神の意志によって、太陽が月や星と異なって居る様に、また一つの星が他の一つの星と異なって居る様に、お互いに異なって居るのであって、ある人々は万人を納めるの特権を神より付与せられ、ある人々は多くの人々の上に権力を持ち、他のものはもっと少ない人々の上に権力を持ち、そしてその他のものは凡て服従する様に規定されて居ると言うのである。
この教理は既にその根柢までも覆されたけれど、尚依然としてある人々の上に力を持って居る。それを受納れないものも、時としてはその存在を無視するものも、依然としてそれに導かれて居る位に。
第二は国家哲学的教理とでも名付けるより外に仕方のないものである。それに従えば、ヘエゲルがそれを十分に発達させた様に、凡て存在するものは合理的である。そして人生の既存制度は単に人々によってのみならず、心霊の現れ得る唯一の形式若しくは、人類の生活の唯一の形式として支撑せられ継続されると言うのである。
この教理もまた与論を指導する人々によっては承認されない。それはただ惰力によってのみその地位を保って居るに過ぎない。
今や人心を支配し、その上に重なる政治家を始めとして、重なる実業家や科学者や芸術家の弁明が置かれて居るところの最後の教理は科学的なものである。言葉の指示する明瞭なる意味(普通に知識を意味する)に於いてではなく、科学と名付けられるべき、形式に於ても実質に於いても特殊なる知識の意味に於ける化学的教理である。この新しい教理の上に人間の怠惰やその使命に対する反逆を人々に覚らしめない様な弁明が置かれる。
この教理は、教会にも国家にも奉仕しない、そしてその地位の弁明を要して居るところの、富める怠惰な人民の大いなる階級と、時を同じくしてヨーロッパに現れた。
そう遠い昔ではなく、フランス革命の起らない以前に於いては、一切の非労働者は他人の労働を利用する権利を得る為に、ある一定の職業――教会に仕え国家に仕え軍隊に仕うる――を持たねばならぬ様にされた。
政府に仕えた人々は『人民を治め』た、教会に仕えた人々は人民に『神聖なる真理を教え』た。そして軍隊に仕えたものは『人民を保護』した。
ただこれ等の三つの階級の人々のみが――僧侶、政治家及び軍人――自らのために労働を利用する権利を要求した。そして彼等は常に人民にその奉仕を指示することが出来た。この弁明を有しない残りの富者は排斥された。そして彼等自身の権利の欠乏を自覚して、その富や怠惰を愧(は)じた。然るに時が経って、この僧職にも政府にも軍隊にも属しない富める人々の階級は、この三つの階級の悪徳の故に、著しくその数を増し、強大なる党派となった。彼等は彼等の弁明を欠いて居た。而も遂に一つの弁明が彼等のために発明された。国家にも教会にも属せず、その如何なる仕事にも携さわらない人々が、かの三つの階級の如く他人の労働によって生きて行く権利を獲得したのは、一世紀も立たぬ後のことであった。そして彼等はまさに彼等の富や怠惰に愧じなくなったばかりでなく、彼等の地位を極めて正しいものだと思惟し始めるに至った。そしてかかる人々の数は増加した。今日も尚増加しつつある。
凡てのうちで最も驚くべきことはこれである。即ち労働から自由にされることを要求して居るこれ等の人々は、そう遠くない昔に於いては認められなかったが、今や彼等自身をのみ十分に権利付けられたものと思惟し、そして前の三つの階級――教会、国家及び軍隊の仕え人――を攻撃しつつある。彼等が労働から逃れることを不正とし、そしてしばしば彼等の活動を直接的に有害だと主張しながら……。更に驚くべきことはこれである。即ち以前の教会や国家や軍隊の仕え人は、今や彼等の召命の神聖や、国家は個人の発展のために欠くべからざるものであると思惟するところの哲学にすら凭(もた)れかからない、と言う事である。斯くてそんなにも長く彼等を保留して居たこれ等の支撑を傍らに押しやって、今や新規なる弁明を見出したところの新たなる支配階級の立っている支撑と(そしてその先頭には科学者及び芸術家が立って居る)その同じ支撑を求めつつある。
若しもある政治家が古い記憶に訴えて、彼が神によってその地位に置かれたと言う事実や、国家は人格発展の一形式であると言う事実をもって、その地位を弁明するが如きことがあったならば、それは彼の時代遅れであるが為めであって、何人も最早彼を信じないことを彼は感じざるを得ない。
彼自身を有効に弁明せんが為めには、今や彼は神学的支撑をも哲学的支撑をも見出すべきでない、ただ新しい科学的支撑を求むべきである。
それには、国民性の原理若しくは有機体発達の原理を指示することが必要である。そして支配階級を籠絡せんが為めには、中世期に於けると同じく僧侶を籠絡することが必要である。前世紀の終わりにはフレデリック大王やロシアのエカテリナの場合に於けるが如く、哲学者の承認を受ける必要があった、若しも現在の富める人が古い形式に従って、彼を富ましめたものは神の摂理であるとか、貴族は国家の幸福のために重要であるとか言ったとしても、それは彼が時代に遅れて居るから為したのである。
彼自身を完全に弁明せんが為めには、彼はその生産の方式を改良したり商品の価格を低下したり国民間の交通を開いたりすることによって、進歩を進めて行く方法を指示しなければならない。富める人は科学的言葉で考え科学的言葉で語らねばならぬ、そして以前の僧侶の様に支配階級に捧物を捧げねばならぬ。彼は雑誌や書籍を発行しなければならぬ。自ら絵画陳列場や音楽会や幼稚園や技術学校を持って居なければならぬ。支配階級とはある定まりたる性格を持って居る学者や芸術家の階級のことである。彼等は自らを労働しなくてもいいようにしたことに対しては完全なる弁明を持って居る。そしてこの弁明の上に(以前は神学的弁明の上に、後には哲学的弁明の上に於けるが如く)凡ゆるものは築かれて居る。そして今現に他の階級に免除の症状を与えるものはこの階級である。
今や自らを労働から解き放った事を完全に弁明し得たと感じて居る人々の階級は科学の人である。特に実験的実證的批判的進化論的科学者及び、その観念を、同じ傾向に従って発展させた芸術家たちである。
若し旧式の学者や芸術家が今どき予言だとか啓示だとか心霊の顕現だとか言った様な事を語るならば、それは彼が時勢遅れのためであって、自らを弁明するのに成功することは決してない。断乎として確立せんが為めには、彼は彼の活動を実験的実證的批評的科学と連合しなければならぬ、そして彼の科学をして彼の活動の根本原則としなければならぬ。その時に於いてのみ彼が鞅掌して居る化学及び芸術が真理らしくなる、そして彼は安固たる根柢の上に立つ。そしてかくてこそ初めて人類に対する彼の有用に疑いを容れなくなる。自らを労働から逃れしめた凡ゆる人々の弁明は凡て皆この実験的批評的実證的科学の上に据えられて居る。
神学的及び哲学的説明法は既に過ぎ去った。今や彼等はおずおず(ヽヽヽヽ)とそして恥ずかしそうにしながら自らを注目される様にし、そして彼等の科学的僭越者のご機嫌を取ろうと試みる、(而も彼等は大胆にも過去の遺物を破壊し、至るところでその地位を奪い、そしてそれ自身の確固不動を確かめ、傲然としてその頭を上げる)
神学的弁明の懐抱するところはこうである。人々は預定されて居る――ある者は治め或者は服従する様に、或者は贅沢し或者は労働する様に――それ故に神の啓示を信ずる者はそれ等の人々の地位の合法を疑うことは出来ない。彼等は神の意志によって人民を支配し且つ富者たるべく召命されたのである、と。
国家哲学的弁明の言う所はこうである。『その制度と、権利や財産の多少によって生ずる階級の差別とをもてる国家は、人類の精神の正当なる顕現のために必要な歴史的形式である。それ故に国家及び社会に於ける一切の人が、その権利及び財産に従って占むるところの地位は、人類の健全なる生活を保障するが如きものである。』と。
科学的理論は言う。『凡てこれは囈話であり迷信である。その一つは思想上の神学的時代の果実であり、今一つは哲学的時代のそれである。人類社会の生活法則を研究するにはただ一つの精確なる方法がある――即ち実證的実験的批評的科学である。人類の生活に向かって新しい法則を与え得るものは、ただ一切の他の実證科学の上に築かれたところの生物学の上に基礎を置いた社会学ばかりである。人類若しくは人類社会は、既に完全であるか、若しくは有機体の進化の法則に従って発展しつつあるかの途中にある有機体である。これ等の法則の一つは器官の部分に於ける分業の法則である。若し或人が支配し他の人が服従して居るとするならば、また、ある人が富裕で他の人が貧乏であるならば、それはただ神の意志によるのでもなければ国家が人格の顕現の形式であるからでもなく、有機体に於けるが如く、全体の生活にとって必要な分業が行われて居るからに過ぎない。ある人々は、社会に於いて筋肉の方面の労働に従事し、他の人は精神的の方面のそれに従事する。』
この教理の上に今日の一般的弁明が築かれて居る。
二九
キリストは新しい方法で人々を教えた、そしてその教訓は福音書の中に録されて居る。
最初それは、迫害せられ、そして受け入れられなかった。然る時、人及び第一の天使が発明された、そしてこれ等の寓話はキリストの教訓であるかの如くに信じられた。その寓話は索理である、それには毫も根拠がない、しかしそれ等の寓話の為めに人々はよくない生活を続けて行ってもよい様になった。そしてそれにも拘らず、自らをキリストによって救われたと思惟する様になった。この結論は道徳的努力に対する愛欲を有って居ない弱者の群れには非常に喜ばしいものであった。その系統は、まさに真理としてのみならず、神自身によって啓示された神聖なる真理として熱心に承認された程にも……。そしてこの発明は、神学者が数世紀間その学説の土台として居たところの、根本基礎となった。
それから段々と、これ等の学者は、種々の水路を経て彼等自身の独特の体系(システム)に分化した。そして遂にはお互いの学説を覆そうとし合った。彼等はそこに何等かの誤謬の存するのを感じ始めた。そして何を一体自分等が語り合って居るのかさえ解し得なくなった。而も庶民は尚もこの好ましい教訓を解明することを彼等に要求した、斯くて進学者はその自ら語って居ることを了解し且つ信じて居るかの如く装って、それを分配しつづけた。
とは言え、時の進行と共に、神学的概念から引き出されたこの結論は、庶民に必要ではなくなった。と言うのは、彼等がその卜者の至聖者を覘いて見て、何かこう神学の神秘が存在して居るかの如くに見えたところの、光栄に満ちた疑うべからざる真理を持って居ないのを発見した。而もその真理の代わりに不合理な欺瞞の外、何者も存しないのを見た、彼等は彼等自由の無智迷妄に驚いた。
同じことは哲学にも起った。と言うのは、孔子やエピキュテタスの如き人々の叡智に就いて言うのでなく、富める怠け者の群れの本能に媚びるところの御用哲学に就いて言うのである。そう遠い以前ではなかったが、ある道徳教が学者間に行われた。それによると、存在する一切のものは合理的であるそこには善も悪もない。人は悪と闘争する必要がない。ただ時代の精神を顕現しなければならない。或者は軍隊的奉仕に於いて。或者は法廷に於いて。或者は井オリンに於いて……。
19世紀の――ルッソウやパスカルやレッシングやスピノオザの時代の――人々に知られた人智の表現は多種多様であった。そして古の一切の叡智は解明された。しかしその系統の何一つもこの群衆を掴みはしなかった。ヘエゲルの成功は、彼の学説の調和に起因して居るとは言えない。我々はもっと少なくはなく調和して居る説をデカルトやライプニツやフィフテやショウベンハウエルにも持つ。
この教理が暫時の間、文明世界の信仰となったと言うことの唯一の理由は、人類堕落説及びその贖罪説の成功と同じものであった。即ちこの哲学的学説の演繹は悧巧にも人間の性質の弱点に媚びたからである。それは言ったのだ。『一切は合理的である。一切は善である。人は何事のためにも非難されるべきではない。』と。
最初に教会が神学的根柢の上に建てられたのと同じに、ヘエゲルの哲学もその根柢にバベルの塔があった。(時代遅れの人は今も尚その上に座って居る)そしてここにもまた言葉の混乱があった。人々は自ら何を語って居るかを知らないのを感じた、そして自らの無智を隠し、群衆の前にその特権を続けて行こうと務めた。そしてここでもまた庶民は、その承認する教訓の確證を見出した。そして、彼等には如何に紛乱し矛盾して居る様に見える事も、哲学の高嶺から見る時には白日の様に明瞭なのを信じた。同じ様にまた、この教理も廃れて一つの新しい教理のそれに代わる時代が来た。それは無用になった、そして群衆はその教師たちの神秘なる宮殿のうちを覘いて見て、そこに何者ものないのを見た。――以前と雖もただ不明にして無意義な言葉の外、何者もなかったのだと言うことを見た。私はこれを私自身の時代に於いて見た。
私が生活を始めた頃は、ヘエゲル主義が議事日程(オーダーオブデイ)の様なものであった。それは君の呼吸するどの空気のうちにもあった。それはその表白を新聞にも、雑誌にも、歴史や法律の講演にも、小説にも、小冊子にも、芸術にも、説教にも、会話にも、凡ゆるものの中に見出したヘエゲルを知らない者は、その口を開く権利を持たなかった。真理を学ばんことを欲する者はヘエゲルを研究しなければならなかった。――凡ゆるものは彼にまで指された。40年が過ぎ去った。そして彼に就ける何者も今は残されて居ない。そこには、彼につける何等の思い出も今はない。恰も彼が決して存在して居なかったかの様である。そして何よりももっと著しいことは、ヘエゲル主義もまた、きっと偽キリスト教の様に、誰かがそれを攻撃したとか打ち毀したとかの為めでなく、凋落してしまったと言うことである。否、今や恰も昔に於けるが如く、その何れも、学者の教育ある階級の者にとっては、必要でなくなったまでのことである。
若し今日我々にして、近代の教養ある人に対して、天使の堕落だとかアダムだとか贖罪だとかに就いて語ったならば、彼は別にそれに就いて論じもしなければ拒みもしないであろう。――彼はただ驚いて言う。『天使だと?アダムだと?それは何だ?贖罪が何だ?一体それは私と何の関わりがあるのだ?』
ヘエゲル主義に就いても同じである。我々の時代の何人もその命題に就いて論議しないであろう。彼はただ問うだろう。『精霊(スピリット)が何だ。』『何処からそれが来たんだ』『何の目的をもって?』『それが私に何の益があるのだ?』そう遠い昔ではなく、ヘエゲル主義の聖者は厳粛に群衆を教えて居た。そしてその群衆は何者をも了解することなく、ただ彼等に適用したる事の確證を見出して盲目的に一切を信じた。そして彼等にとって全く明晰でなく、寧ろ矛盾して居る様にさえ思われることも、哲学の高嶺に於いては白日よりも明瞭なのだと考えた。しかし時が過ぎた。その学説は衰えた。新しいのがその代わりに現れた。前者は最早要求されなかった。そしてまた群衆は卜者の不思議な殿堂を眺め込んだ。そしてそこに何者もなく、ただ非常に陰暗なそして無意義な言葉の外、何者をも存したことがなかったのだと言うことを知った。
これは私の記憶する時代のうちに起こったことである。これ等のことは哲学的又神学的時代の囈語であったから起ったのだと我々は告げられる。しかし今や、我々は批評的実證的科学を持って居る。それは我々を欺かない。何となればそれは帰納と実験との上に建てられて居るから、今や我々の知識は最早以前に於けるが如く不確かなものではない。そしてただそれに従うことによってのみ、人は一切の人生の問題に対する答えを見出すことが出来る、と。
しかしこれは正しく古の教師たちによって語られたことである。彼等は確かに愚者(フール)ではなかった。我々は彼等の間には非常な智者があったと言うことを知って居る。私の記憶して居る限りでは、ヘエゲルの使徒もまたより(ヽヽ)以下ではない確信と、言うところの教育ある人々の群れより以下ではない承認とをもって、精密に同じことを言った。のみならず我々ヘルチェンやスタンケーウィチやベリンスキィの如き人々もまた決して愚者ではない。しかし何故然らばこの驚くべきことが、聡明な人々がこの根拠のない無意義な教理を確信をもって説き、そして群衆が尊敬をもって之を承認したと言う様な、こんな驚くべき事実が起こったか。その理由はただ、これ等の教理のみが人々の生活形式をその悪いなりに弁明したからである。
ある非常に平凡なイギリスの一著述家が(その人の著書は今や殆んど忘却され、そして空虚なものの中でも最も空虚なものとして見られて居る)人口問題に関して一小冊子を書いた。彼はその書物の中で、生活の資料は人口の増加に伴って増加しないと言う仮想的な法則を発明した。著者はこの偽法則に何等の根拠のない数学的衣装を持って装い、そしてそれを出版した。この論文に表されたる精神の軽薄と才能の欠乏とより判断してそれは同じ著者の一切の他の書物に於けるが如く、一般の注目を受けないで忘れ去られたであろうと我々は想像したかも知れない。しかしそれは全く別な結果になった。著者は一躍して科学の権威者(オーソリティ)となり、この地位を約半世紀間ももち続けた。マルサス!マルサス説――人口の幾何級数的増加の法則、生活の資料の数学級数的増加の法則、そして人口増加の自然的及び人為的制限法、凡てこれ等は、決して証明された事のない、しかし公理として承認せられ、更に進んだ演繹のために用立ったところの疑うべからざる科学的真理となった。
かくして学者及び教育ある人々が欺かれた。そこで怠け者の群れに於いては、マルサスによって発見された大法則に対する盲目的な宗教的信任があった。どうしてこれが起こったか。これ等の議論は一見、群衆の本能とは何等の共通点なき科学的演繹である様に見える。
しかしそれはただ、科学を教会の様に自在無誤謬の何者かであるように信ずる人々にとってのみ神聖なのである。そしてそれはただ、重要のために彼自身の思想や言葉を『科学』という派手(ヽヽ)な言葉で呼ぶ弱者の誤り易い思想である。この議論が甚だ決定的な目的を持って居る人間的な議論であると言うことを見んが為めには、ほんのただマルサスの説から実際な結論を引き出しさえすればよい。
この説から直接に引き出された演繹は下の通りである。労働者の悲惨なる境遇は富者権者の冷酷や利己主義や不法から来るのではなくて、人には寄らない不変の法則によってである。若し誰かが非難されるべきなら、それは飢えたる労働者それ自身である。一体何故これ等の愚か者が、十分に食うことが出来ないのを知りながらこの世に来たったか、それ故に富者及び権者は何者に対しても寸毫も非難さるべきでない、彼等は平静にその性格を今まで通り続けて行って良いのだ、と。
この結論は怠惰者の群れに喜ばれるので、学者先生たちをして、この演繹の不正確と全然たる専断とを看過せしむるに至らしめた。そして教育ある、即ち怠惰なる人民の群れは、本能的にこの演繹の導き行くところを察したところで、喜んでこの説を迎え、その上に真理の印章を施し、そして半世紀の間もこれを愛撫した。凡てこれ等のことの理由は、これ等の教理が人々の良くない生活形式をそのままに是認したからである。
同じ原因が、新しい実際的批評的実験的科学の学者の自分免許や、彼等の説教に対する群衆の尊敬の根柢に横たわって居ないか。最初進化論が(それは神学に於ける贖罪論の如くに、大多数の人民には教新説の風俗的表白となり得る)虚偽の生活をして居る人々を弁明すると言うことが不思議に見える。そして科学の学説はただ事実によってなすべきものであって、事実を観察する外には何事をも為さないかの如くに見えるであろう。しかしそれはただそう見えるのに過ぎない。
神学的教説に於いてもそうであった。神学はただ教理に関することばかりをなして、人間の生活に関することは何もないかの如くに見えた。哲学に於てもまたそうであった。それもまた、ただ事実にばかりかかわって居る様に見える。
大仕掛けにはヘエゲルの教説もそうであった、小仕掛けにはマルサスの理論もそうであった。ヘエゲル主義は、ただ論理的構成にのみ関わって居て、人間の生活などには関しないかの如くに見えた。マルサスの理論に至ってはただ統計にのみ従事して居るかの如くに見えた。
しかしそれはただそう見えたのである。
近代の科学もまた全く事実に従事するのだと宣言する。それは事実を研究する。
しかし何の事実を? 何故に或る事実を研究して他の事実を研究しないか。
近代科学の学徒は、厳粛なる確信を持って『我々はただ事実をのみ研究する』と言うことを非常に好む。そしてこれ等の言葉に何か意味が含まれて居る様に想像する。
事実をのみ研究すると言う事は全く不可能である。何となれば我々の研究の対象となるべき事実の数は、厳粛な言葉の意味に於いて無数だからである。
事実を研究する前に、人々はそれによって事実の研究されるべき何等かの理論を持たねばならぬ。即ちそれを決定するのに、無数の事実の中から選択しなければならぬ。そしてこの理論は実際存在して居る。のみならず、非常に正確に表白されてさえ居る。ただ近代科学の徒がそれを無視して居るに過ぎない。即ちそれを知ることを欲しないのである。若しくは実際にそれを知らないのである。――時としては知らないような風をするのである。
かくて事情(マタアス)は凡ての最も大切なる信念と共に我等の前に在る。
各々の根底は学説の中に在る。そして言うところの学者は彼に与えられたる諸種の根柢から、ただより遠い演繹をのみ求める。これ等をさえ無視することがあるにはあるが……。
しかし根本的理論に常に存在しなければならなかった、そして今も尚そうである。近代科学はその事実を確定する理論の根拠に於いて選択する。そしてその理論たるや、時としてはこれを知り、時としてはこれを知ることを欲せず、時としてはこれを実際に知らないが、而も常に存在するものである。その理論はこうである。人類は各自がその全体の奉仕のために特別の使命を持って居る不死の有機体である。細胞が有機体に成長すると、各々が有機体の生存闘争の労働を分担する。一つの才能が増すと他の才能が消耗する。そしてみんなが共に、全有機体の要求をより(ヽヽ)良く満足せしめんが為に一つの機関を形成する。そして社会的動物(蟻や蜂の如き)の間に於けるが如くに、個々が相互にその労働を分担する(王蜂は卵を産み、雄蜂を受卵し、働蜂は全群の生活の為めに働く)ことを同じようにまた人間若しくは人類社会に於いても同じ分化と統合とが行われる。それ故に人間生活の法則を見出さんが為めに、我々は生命の法則と有機体の発展とを研究しなければならぬ。そしてそれ等のうちに我々は次の法則を見出す。各現象は一つ以上の結果を生起させる。統一の失敗。統一と分化との失敗、その他である。
凡てこれは非常に無害である様に見える。しかし一見してこれがこんな風になって行きつつあるかを知る為めには、事実のこうした観察からの演繹を誘引さえすればよい。これ等の事実は一つの事に導く。――人間性若しくは人間社会を有機体として承認する事、それ故に人間社会に於ける活動の分業を承認する事、それが必要だ。そして人間社会には多くの残酷と悪徳とは存在して居ると言う理由の下にこれ等の現象を残酷又は悪徳だと見てはならない。一般的法則を確かめるところの避くべからざる事実――即ち分業――を承認しなければならぬ。道徳哲学もまた凡ゆる残酷と悪徳とを弁明するに慣れて居る。しかしここではそれは哲学的となっただけに、それだけ不正確なものとなった。とは言え、科学に従えば、同じことではあるが、それが科学的となるが故に確実な事となる。
どうして我々はかかる立派な理論を承認し得よう。我々はただ人類社会を何かこう観察されるべきものとして眺めればよいのである。そして我々は、舞踏教師だとか法律家だとか医者だとか哲学者だとか俳優だとかメディウミズム説や又はアトムの形体の発見者だとか言った様な我々の活動は人類の有機体の機能的活動であると言う事や、それ故に私がただ愉快な事ばかりして生きる生活を続けて行く事が正しいかどうかと言うことが、恰も精神的及び筋肉的細胞の間に於ける分業が公正であるかどうかと言うことの問題外であるのと同じに、これもまた問題であり得ないと思い、そしてこの思想でもって、我々自身の神経を沈めておいて、さて平静に滅び行く人々の労働の汁を吸ってよいのだ。どうして我々は、我々の良心を我々のポケットの中に永遠に仕舞い込んで置いて、そして我々の脚下には確固たる科学的支撑を感じつつ、全く拘束のない獣的生活を我々になさしむるところの、こんな立派な説を承認し得よう。人間の怠惰と残忍との弁明の築かれるのはこの新しい信仰の上に於いてである。
三○
この教理は約半世紀以降から始まった。その主たる開基者はフランスの哲学者コトムである。系統的学説の愛好者であると共に宗教的傾向の人であったコトムは、その頃新たに唱道されたピカァの生理的探究に深い感銘を受けた。そして彼は過ぎし日にメネニアスァグリッパによって唱説されたところの、人間の社会は、まことに全人類は、全一若しくは一有機体と見られてよい、そして人々は――個々の器官の生ける部分であり、その各々は全有機体の仕事に於いてそれ独特の使命をもって居ると言う古い思想に思い着いた。
コントはこの思想に全く眩惑されてしまった。そこで彼はその上に彼の哲学説を打建てた。そしてこの説は彼をして彼の出発点が或るお伽噺には適合して居ても科学の根柢としては決して正当ではない単なる麗しき比較に過ぎないと言うことを、全く忘れさせた程にも、彼を捕虜にした。しばしば起こった様に、彼は彼のお気に入りの仮説を一つの公理として採用した。そして彼の全学説は最も確固たる実證的根柢の上に築き上げられて居るのだと想像した。
彼の説に従えば、人類は一つの有機体であるから、人とは何であるかとか、人と世界との関係は何うあるべきであるかと言った様なことは、ただこの有機体の性質につける智識を通じてのみ知られるべきであるかの如くに見えた。
そしてこれらの性質を学び得んが為めに、人は他のより(ヽヽ)低級な有機体を観察し、そしてその生活から演繹を引き出すのに適して居る。
それ故にコトムに従えば第一には、科学の真正にして唯一の方法は帰納的方法である。そして科学の科学たる所以は、ただその根柢に於いて実験をもって居る時にのみ限る。第二には科学の究極の目的及びその頂上は人類の仮想的有機体若しくは有機生体――人類――に関する新科学となる。この新しい仮説的科学は社会である。この科学的見地からして、それは概して、凡て以前の知識は嘘であったと言い、そして人類の全歴史を、その自意識の意味に於いて、それ自身を三つの時期、と言うよりは寧ろ二つの時季に分かつ様になる。第一は神学及び哲学の時代。世界の初めからコムトの時代まで。第二は近代の真正なる科学、実證主義の科学の時代。それはコムトから始まる。凡てこれは非常によい。しかしその中にはひとつの誤謬がある。それはこれだ。凡ての建物は砂の上に建てられて居る、人類は集合的に思惟されると一つの有機体であると言う、勝手な(そして不正確な)断定の上に築かれて居ると言うことだ。
この断定の我儘なことは、若し我々にして我々の観察の範囲外であるところの、有機体としての人類の存在を承認しなければならないのならば、同様にまた、三位一体の神の存在及びそうした神学的命題をも承認しなければならぬからである。
この説の不正確である所以は、人類即ち人々の思想に対して、有機体の定義が加えられたけれども、人類は有機体の根本的本質――感覚及び意識の中枢――を欠いて居ると言う所にある。我々が象をもバクテリアをも有機体と呼ぶ所以は、ただ我々がこれ等の生物の解剖によって、感覚及び意識の統一があると想像するからに過ぎない。然るに人間社会及び人類はこの根本的本質を欠いて居る。そしてそれ故に、如何に多くの他の一般的特質を人類及び有機体のうちに見出そうとも、これなくしては人類は有機体だと言う断定は不正確である。
然るに、実證哲学の根本的命題がかくも気まぐれで不正確であるのにも拘らず、謂わゆる知識階級にそんなに大なる同情をもって承認された所以は、分業の存立の合理性、即ち人類の間に存する暴力の合理性を承認することによって現存の制度の弁明を提供したと言う、群衆にとって重要なる大事件によってである。二部門――実證哲学及び実證政治学――から成り立って居るコントの著書の中で、ただその人類社会に於ける現存の害悪を弁明した第一部門のみが、知識階級によって新実験的原理の上に承認された。人類を一つの有機体として認め、道徳的愛他的義務を取扱った第二部門はまさに重要でないばかりでなく非科学的であるとさえ思われた。
カントの著書の二部門に関して起こったのと同じことがここにもまた繰返された。『純粋理性批判』は科学によって承認された。しかし道徳的教理の本質を含んで居る部分の『実践理性批判』は拒否せられた。コムトの教理のうちで科学的であると認められた部分は、全世界を覆える害悪に媚びたところのものである。
しかし群衆によって承認された実證哲学は、我儘なそして不正確な仮想の上に築き上げられたのであるから、それ自身余りに誤れる根柢の上に立って居るものと言わねばならぬ。そしてそれ故に余りに不安定であって、それ自身としては決して満足されない。
而して今や、言うところの『科学の人』の怠惰なる思想の遊戯の間に於いて、全く新しいのではないが、同じ様に我儘で不正確な断定が現れた。その説に従えば一切の生物(即ち有機体)はお互いに一つから他を生ずる。まさに一の有機体が他の有機体から生ずると言うばかりでなく、一つの有機体が多くの有機体から生ずる。非常に長い時間の間、例えば100万年の間に、ただ一つの魚と家鴨とか一つの同じ先祖から生まれたと言うばかりでなく、一つの有機体は多くの個々の有機体から生じたかも知れない。それ故に、例えば蜜蜂の一群から一つの動物が生まれるかも知れない。この我儘な不正確な断定はより(ヽヽ)大なる同情をもって知識階級に採用された。
この断定は我儘である。何となれば何人も未だかって或る種の有機体より造られたのを見たものがないからである。それ故に『種の起源』に就いての仮説は常に単なる推想として残され、実験的事実となることは決してないのである。
この仮説は不正確である。何となれば『種の起源』の問題を解決するのに、無限に長い期間に行われる遺伝と適度との法則をもってするのは、毫も問題の解決ではないからである。それは問題を他の形に於いて反復するに過ぎない。
この問題に対するモーゼの解決によれば(この説に反対するのもコムト説の目的であった)生物の種の種々相は神の意志と彼の無限なる全能から生じたらしく見える。進化論に従えば、生物の種の変化は無限の時間を通して行われた遺伝や環周の状態の無限の変化の結果から自然と生出した様に見える。
進化論は、率直に言えば、ただ、無限の時間を経過する間に(偶然に)君の好むところの何者でも、君の選ぶ何か他のものから生出すると言う事を断定するものである。
これは問題に対する答えではない。同じ質問を他の形に置き代えたまでである。意志の代わりに機会が置かれたのである。そして無限の協力が全能から時間に移されたまでである。
しかしこの、我儘な、そして不正確な精神をもてる、ダアウィンの追随者によって強められた新しい断定は、コムトの第一断定を保持した。そして、それ故にそれは、我々の時代の啓示となり、一切の科学の根柢となるところの哲学史や宗教史の根柢とさえもなったのみならずダアウィン自身の素朴な告白に従えば、この思想はマルサスの法則から思い着いたものである。だから彼は『生存闘争』を単に人のみに限らず一切の生物の根本的原則として指定した。そしてこれは正確に怠け者のみが自己の弁明のために要するところのものである。
それ自らの脚にて立つことの出来ない二つの不安定になる学説がお互いに支えあった、そしてそうすることによって安固であるかの如き見せかけを得た。両方ともその中に、人々は今、現に人類の社会に存在している害悪に対して、何等の責めを負って居ない、現存する制度はかくあるべき筈のものであると言った様な、民衆には貴重な意味のことを抱いて居る。そして斯くしてこの新しい学説は全き信任と未曾有の熱情とをもって群衆の要求する意味に於いて採用された。
かくてこの二つの我儘な不正確な命題の上に建てられた新しい科学的教理は、信仰の教理が採用されたのと同じような方法で採用された。本質に於いても形式に於てもこの新教理は、著しく教会的キリスト教のそれに似て居る。本質に於ける両者の類義はその何れも真に存在して居るものの上に幻想的な意味が付されて居ることである。そしてこの人為的な意義が我々の研究の対象として採用されて居ると言う事実である。
教会的キリスト教理に於いては、実際に生存したキリストに彼自身神であったと言う幻想的な概念を附随せしめた。実證主義の教理に於いては、生ける人々の実際に存在したる事実に一つの有機体であると言う幻想的な属性を附随せしめた。
形式に於けるこれ等二つの教理の類似は顕著である。何れの場合に於いても、理論が同じ一つの階級から発生したので、唯一のそして不壊の真理として受納れられた。教会的キリスト教理に於いては、人間にまでの神の啓示に対する教会の解釈は、神聖且つ唯一絶対の真理と見做される。実證主義の教理に於いては、ある人々の科学を解する方法が、絶対に正当で且つ真理だと見做される。
教会的キリスト教信者が、彼等の教会の創建をもって、神につける真の智職の起源となし、ほんの一種の礼儀上からして、以前の信者もまた、教会を構成して居たと言うことを許すが如く、丁度その同じことを実證科学もする。それ自身の語る処によれば、科学の起源はコムトにある。そしてその代表的人物はこれも、唯ほんの(ヽヽヽ)礼義上からのみ、それ以前の科学を認める。そしてそれもほんの僅かの尊敬すべき思想家、例えばアリストオトルの如きものをばかり認める。教会及び実證主義の何れの科学も、共に人類の一切の他の思想を排斥する。そして彼等の自身以外の一切の知識を誤れりとなす。類似は固執する。恰も最初に来たった三位一体やキリストの神性に関する神学的教理を支えんが為めに、人類堕落説やキリストの死によれる彼の贖罪等の如き古き独断説――しかし新しく解釈し直したる――が来たり、そしてこれ等の教理からして通俗なる教会的教訓が生まれた様に、我々の時代に於いてもまた、進化論の古い教理がコムトの人類有機体説に関する根本的独断説を扶けんが為めに、新たに重要なものとせられた。そしてこれ等の二つの要素からして、通俗なる科学的教理が構成された。一つの教えに於けることは他の教えに於いてもそうである。古い独断説を支える為めに新しいのが必要である。そしてそれと関連するところに於いてのみ了解される様になる。若しキリストの神性を信ずる者にして何故に神が地上に降らなければならなかったと言うことを明白に理解しないとするならば、贖罪の教理はそれを説明する。若しまた、人類有機体説の信者にして何故に個人の集合が有機体と見られるかと言うことを十分に了解しないとするならば、進化論の独断説は説明を迫られる。この独断説は第一の説の矛盾と確実とを調節することを要する。人類はひとつの有機体である。而も我々はそれが有機体の主たる特質を備えて居ないのを見る。我々は如何にこれを説明すべきか。
ここに進化論の独断がやって来る。そして説明する。曰く人類は発達の途中に於ける有機体であると。若し君にしてこれを受納れんか、然らば君は人類をかくの如きものだと考えて良い。
三位一体やキリストの神性に関する迷信を脱却して居る人々にとっては、贖罪の教えの力や意義を了解することは不可能である。(その意義はただキリストを神それ自身だと認めるところから来るのだから)それと同じ様にまた、実證主義の迷信から脱却して居る人は、何処に種の起源や進化論の興味が潜んで居るかをさえ了解することが出来ない。そしてこの興味は、ただ我々が『人類は有機体である』と言う根本的独断説を学んだ時にのみ解明されるものである。そして、神学の詭計がその根本独断を信ずる者にばかり解る様に、この新しい深刻なる科学の、一切の学者の精神を支配して居る社会学の詭計もまた、ただその信者にのみ了解されるのである。贖罪論の教理は、その最初の独断と事実との間に於ける矛盾を調和することが必要である。神は人々を救わんが為めに降臨し給うた。しかし人々は救われない、然らば何うしてこれを説明するか。贖罪の独断説は断言する。『彼は贖罪を信じたものを救った。若し君が贖罪を信ずるならば君は使われる』と。
これ等の二つの教理の間に存する類似はまだまだある。信仰によって受納れられたる独断の上に据えられたところでこれ等の教理は、その自らの原理を探索して見もせねば分析して見もしない。而もそれは他方では最も異常なる説の出発点として用いられる。これ等の教理の説教者は、自らを神学に於いては聖別せられたと言い、実證主義の知識に於いては科学的と呼ぶ。そして何れの場合に於いても、不壊であると称す。そしてそれと同時に、彼等は最も理不尽で、信ずべからざる、そして根拠のない断定を案出する。彼はそれを非常な誇大と厳粛とをもって語る。而もそれは等しく、その根本的独断を承認はして居るが、細々した点に於いて同意しない他の人々によって弁駁される。
科学的教理の大アシル(ローマ法王の一人)たるハァバァスト・スペンサァは、彼の最初の著書のうちの一つに於いて、これ等の教理をかくの如くに説明して居る。社会と有機体とは、彼は言う、次の諸点に於いて似て居る。第一にはそれを小さな聚合体として考えると、彼等は不知不識の間に集団になる。その中のある者はその最初の集団の一万倍の大きさになることすらある。
第二の類似点は、最初はその何れも殆んど無組織である様に考えられるかも知れない位に単純な結構であるが、成長するに従って不断にその結構を増し且つ複雑になる事である。
第三の類似点は、その発達の初期に於いては、相互の細胞の間には何等の依繋が存しないが、段々相連する様になり、遂には各部分の活動及び生活が、ただ他の部分の活動及び生活によってのみ可能である様になる事である。
第四の類似点は、社会の生命及び発展は、それを形成する各単位の生命及び発展よりはより(ヽヽ)多く独立しより(ヽヽ)長く続くと言うことである。そしてそんな社会を形成したる政治団体が、幾時代も幾時代も、集団に於いて、結構の完成に於いて、器能的な活動に於いて、発展しながら生き続けて行って居るのに反して、個体は生まれ成長し活動し繁殖しそして死亡すると言うことである。
次いで有機体と社会との間の相違点が来る。だがそれはほんの(ヽヽヽ)表面的なことであって、両者は全く同じであると説明される。
公平な人には問題が直ちに起って来る。じゃあ君は何を語って居るのか。何うして人類は有機体若しくはそれに似よったものなのか。君は社会と人類との類似はこの四つの点にあると言う、しかしその比較でさえも不正確である。君はただ一つの有機体の数個の特質を持って来て、そしてそれを人類社会に適用する。君は四つの類似の点を製造する、それから君の謂わゆるほんのそんなに見えるのだと言う相異の点を取る。そしてだから人類社会は有機体だと見られるべきだと結論する。しかしそれはほんの弁證法の怠惰なる遊戯の他の何者でもない。この根拠とする為めには、我々の選ぶ何者も有機体だと思っていい。何でもいい私の心の中にやって来る最初のものをとる。――例えば一つの森だ、それはある土地に植えられ、成長する。最初は小さな聚合体として始まり、不知不識の間に大きな塊団(マッス)になる。次には『最初有機体の結構は簡単である、それから複雑さが増す』云々なんだ。森の場合に於いてはこうである。最初そこにはただ樺の木がある、それから榛の木なり何なりが生ずる。最初は凡ての木は真直ぐに成長する。けれどやがて彼等はその枝を入り組ます様になる。第三の『部分の依繋は、各部分の生活が凡ての他の部分の生活や活動に依り従う程にまで増進する』と言うことは、森に就いて言っても全く同じである。胡桃の木は幹を温める(若しそれを切り倒さんか冬が来ると他の木は凍ってしまうだろう)下生えの薮は風を防ぐ、種木は種を存続せしめる。鬱蒼たる高木は影を与え、そして個々の樹の生活は残余の樹のそれに依存する。第四に『個々の部分は死滅するが、全有機体は存続する』まったく個々の樹は枯死する、しかし森は生命を続け、そして成長する。
同じことは科学的教理の弁護者によってそんなにしばしば提出される実例に就いても言える。腕を断たれ、然らばその腕は死ぬであろう。同じ様にまた、樹を森の庇護から、そしてまた、土地からとり去れ、然らばそれは枯死するであろう。
この科学的教理と教会的教理――そして信仰を通じて受納れられた命題の上に建てられた他の何等かの教理――との間に於ける著しい類似は、論理に反して証明し得るお互いの才能の中に横たわって居る。
この説によると、森が一つの有機体だと思惟されていいと言うことを指示したところで、君はその説の信者に対って、彼等の定義の不正確であると言うことを証明したと考える。だが決して、彼等の有機体の定義は、それを何でも欲するものに適用し得るが如き、そんな漠然たる、そんな成形的(プラスティック)なものである。
左様、彼等は言うだろう、君は森をもまた一つの有機体だと考えるだろう。森は個体の相互扶助であってお互いが決して破壊し合わない。一つの聚合体、その部分はまた、より(ヽヽ)密接なる関係に入る。そしてその分化と統合とによって一つの有機体となるであろうと。
然る時、君は言うだろう、果たして然らば、お互いに協力して決して破壊し合わない鳥や昆虫と、この森の草ともまた、木と共に一つの有機体と思惟されてもよい。彼等もまたこれに適合する。彼等の説に従えば、相互に協力して、一つ々々破壊し合わない生物の集合は、一切一つの有機体と考えていい、君は君の欲する如何なる者の間にも関連と協力とを建てることが出来る。そして進化論に従えば、若し時間さえ十分に与えられるならば、君は何者からも君の欲する何か他のものを引き出すことが出来ると。
三位一体を信じる人々には、それが存在しないと言うことを証明することは出来ない。しかし人は彼等に彼等の断定は知識の上に築かれてなく、それはただ信仰の断定に過ぎない、そして若し、彼等にして三神の存することを断定するならば、同じ様にまた、十七と二分の一の神々の存在することを断定するの権利のあることを示すことが出来る。同じ事はまた、実證的又は進化論的科学の信者に対しても、もっと(ヽヽヽ)もって言い得る。この科学の根柢に立ちて人は何者をも自らの欲するままに証明する様にし得る。そして凡ての事のうちで最も奇妙なことは、この同じ実證科学が、その科学的方法を以て真の知識の条件とし、そして自らをその科学的方法の要素と見なすことである。それを常識の科学的方法だと言う。而も常識はその教理が凡ゆる過程に於いて誤って居ることを示す。聖者の地位を占めて居るそれ等の者どもが、最早その中に何等の聖なるものを持たず、法王やその信条の如く詛われて居ることを感じた刹那直ちに、彼等は自らを単に聖なるものとばかりは言わないで、『最も聖なるもの』と称ぶ。科学が常識と相反することを感ずるや否や、それは自らを理性の科学若しくは唯一の真実なる科学的科学などと称ぶ。
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