トルストイ「神の國は爾曹の衷にあり」第三章
- 2017/06/09
- 07:11
『神の国は爾曹の衷にあり』
第三章 教会の隠蔽策
かくのごとくに、私の著書の出版の後に、少数の人々がキリスト教をその真個直接の意味において了解した、また今も尚了解しつつある様子に関して、またキリストの教えをその直接の意味において了解することの可能を拒否する僧俗何れもの批評に関して、私の得た二つの報告は私に以下のことを確信せしめた。(一)少数のものにとっては教理の真の概念は決して枯死しなかった、反って更らに更らに明らかになって行きつつあった。(二)大多数のものにとっては、真の意味は益々曖昧にされて行った。そして遂には人民が福音書のうちに最も明白な言葉で表白されて居る最も平明な原理を了解しなくなった程の頑迷に達した。
キリストの教えの光が人間の意識の最も暗黒なる隅々にまでも透徹した時――キリストが言った様に、人々が彼が囁いて言ったことを屋根の上にて叫ぶ時――彼の教えが人類生活のどの枝葉にも、たとえば(家庭的、経済的、社会的、政治的、国際的の)透徹した時、キリストの教えをその真個の平明にして直接なる意味を今日のものが了解しないと言うことは何等かの理由がなければならぬ筈である。
これ等の理由の一つは、その信者も不信者も共に、彼等がずっと以前にキリストの教えを、完全に、確実に、そして結論的に了解してしまって居るので、彼等がそれに賦与した意味の外恐らく何物をも含むことが出来ないだろうと確信して居ることである。この理由は偽の概念が長い間伝統として伝えられたので、今では真の概念を入れるべき予地がないと言うことに存する。
どんなに強い水の流れもすでに一杯になって居る器に一滴も加えることが出来ない。
我々はどんな馬鹿者にでも、(もし彼が未だそれについての概念を構成して居ないなら、)最も難しい事を伝えることが出来る。しかし我々はどんな賢明なものにでも(もし彼にして我々が彼に告げんとすることを既に確知して居るならば)最も簡単なことをすら説明することが出来ない。
キリスト教は今日の人々には丁度そんな教理の様に見える。それは、ずっと以前からすべての人々によってその最も細かい事にまで決定的に知られて居て、今日解釈されて居るより外の解釈をしてはならないのだと思われて居る。
キリスト教は社会教理を選んで居る人々によっては使徒信条の中に言われて居る一切のことの超自然的にして神秘なる啓示と見られて居る。不信者には見えざるものに対して、やっと残存して居る、しかも老廃して居る人類の渇望の顕現として、また公同主義、ギリシャ教会、新教等に表されたる歴史的現象として、今や最早何等の実際的意義を持つことの出来ないものと見られて居る。信者にとってはキリスト教の真意義は教会によって隠され、不信者にとっては科学によって隠されて居る。
私は先ずその初めの方から始める。
1800年以前、ローマの異教国に今までの何の教えのようでもない不思議な新しい教えが現われた。それはイエスと言う人のものだとされた。その教えは形式においても実質においても全く新しいものであった。それはそれがそこから起ったヘブライの世界においても、それを説き広められたローマの世界においても新しいものであった。
イザヤの言った様に、ローマ人の念を入れてつくれる、そして、甚だ完全にされた治世のただ中において、教説に次いで教説のあったユダヤ人の特別なる宗教的教説のうちにおいて、すべての神々、その神々の畏怖、その神々のおみくじや信仰、而してすべての人間の制度及びその必要等を拒否したある教えが現れた。
先に行われた諸宗教の積み重ねられた規則の代りに、この教えはイエスキリストの人格の中に永遠の完成と真理とそして愛の理想を提出した。そしてこの内的な完成の結果、預言者によって予告されたる外的完成となる様に人間によって到達され得ると宣告された。即ち、神の国の到来、その時にはすべての人は敵意を忘れ、すべての人は神によって教えられ愛によって結合せられ、そして獅子は子羊と共に横たわるであろうと言う。
宗教、世俗、何れの旧い律法もなした様な、規則の不履行に対する脅威と刑罰との代りに、――その履行に向っての報酬をもって誘惑する代わりに、この教えはただ真理の名においてそれ自身にまで人々を召命した。
『もし人彼の意志を行うならば、この教理の神より出でしものなるか、予が自ら語りしものなるかを知らん』(ヨハネ7の17)
『われ真理を語るなるに何故汝我を信ぜざるか』『然るに今や汝等は我を殺さん事を求む。汝等に真理を告げし我を。』『而して汝真理を知るべし。而して真理は汝に自由を得さすべし』『神は真理において拝さるべきなり』『教理は真理の霊によって啓示され明にさるべし』『我汝に命ぜしごとくなせ、然る時汝わが真理を語りしか否かを知るべし』(ヨハネ8章)
その真理の外、真理との適合の外、如何なる証拠もこの教えを証明するために与えられなかった。全教訓は真理の理解をもって成立する、そして予事はそれに続いて起る。理解すればする程、益々完全に人生の仕事のうちに真現を実現する。
この教えに従えば弁明しあるいは彼を正しくさす行爲はない。そこにはただイエスの人格に於ける内的完成と、神の国の実現に於ける外的完成とに向っての真理の理想があるばかりである。その教えの成就はただ支持されたる通路に沿うて進行すること、イエスキリストの模倣の内的完成と、神の国の外的完成とにまでの近接にある。この教えに従えば人の祝福の大小は彼が到達し得る完成の度によらずして、彼の進行の速度の大小によるのである。
貢取ザカリヤや姦淫せる女や十字架につけられた盗人の完成に向っての進行は、パリサイ人の沈滞したる正義よりはより多く祝福される。失われたる羊は檻の中にある九十九よりも可愛がられる。失われて見出されたる放蕩息子や銅貨は、決して失われたことのないものより神には尊い。
この教えに従えば、どの狀態も、達しられぬ内的及び外的完成の通路の上にある一行程に過ぎない。祝福はただ完成にまでの進行の中に在る。行程の何れかに止まることは祝福の中止である。
『汝の右の手のなしたることを左の手に告ぐるなかれ』『鋤に手をおきて後を顧みるものは神の国に適わざるものなり』『悪魔が汝に臣従せるを喜ぶなかれ、むしろ汝の名の天に記されたるを喜べ』『それ故に汝完たかれ。天に在ます汝の父の完きがごとくにも、』『先ず神の国と神の正しきとを求むべし』。
この教えの履行はただ不断の進歩の中に在る――益々高い真理の認識の中に在る。真理を不断に増進する愛によって、我々の中に、また神の国の益々完全なる建設によって我との周囲に、益々完全に実現する事において。
この教理はヘブライ及び異教国のただ中に表われたので在るが、大多数の人々によって受納れられなかった。何となれば彼等はこの新しい教訓の要求したのとは全く違った生活を送って居たからである。同時にまたそれを受納れた僅かばかりの者も、それがすべての先在の観念と全く反対して居たので、それを十分の意味において了解しなかった。
ただ誤想誤解及び側面的説明の一つづきが、時代より時代へと訂正せられ補遺せられたので、キリスト教の教義が次第に我々に明にされた。そこにはいつも一方において異教的及び希伯来的人生観と、他方にはキリスト教的人生観との間の不断の相互作用があった。キリスト教的概念はより生氣に充ちて居たので頽廃しつつある希伯来や異教の人生観の中に、常に、より深く透入した、そしてそれに混合されたその合成から自己を開放した時に、益々明に定義された。人々は益々明白にキリスト教の意義を把握した、そしてその実行において益々完全に実現して来た。
人類が年をとればとる程、益々よく、そして益々明らかにキリスト教の意義を了解した。――実際生活に関するあらゆる教訓において常にそうであったごとく、またそうでなければならぬごとく、打ちつづく時代はその先行者によってなされる誤謬を訂正した、そしてその真の意義の了解に益々近づいて来た。
それはキリスト教の初めからしてこうであった。しかしながら抑もの初めからしてまた、この教えのただ一つの真の意味は、彼等がそれに賦与したもの(その証拠として彼等は彼等の注釈の真理を証明するのに奇蹟を挙げた)であるとした人々もある。
これが即ち第一に、この教えは誤解と、第二にその全然たる曲解との主なる理由であった。
人々は想像した。キリストの教えは他の如何なる真理のごとくにも伝わらずに、特殊なるそして超自然的なる方法で伝えられた。そしてそう解釈することの真理は、理性や一般に理性の要求とその解釈とが一致するからでなくて、その伝達の奇蹟性による。そしてその解釈の真理を奇蹟が不壊的に証明したと。この観念はある誤解から生まれたのである。そしてその結果は正しい概念を与え得ない事になる。
これは抑もの最初から創まったものであって、福音書や使徒行伝などで見られる様に、この教えはそんなにも不完全に、そしてそんなにもしばしば誤って了解することが少なければ少ない程、益々多くその真理の外的証拠を要した。自らの欲せざるところを他に施すなかれと言う原理は奇蹟の証明も信仰をも要しない。何となればそれは理性及び理性との一致適合によってそれ自身を証明するからである。しかしイエスが神であったと言う命題は奇蹟によって、また全く了解することの出来ないものによって証明される必要がある。
キリストの教えがはっきり解らなくなればなる程、それは奇跡によって不純にされた。それが奇跡的になればなる程、その原始的な意義からかけ離れしめ、その意味を益々混乱せしめた。そして、それが混乱し、最初の意味から遠ざかれば遠ざかる程、了解されることが益々少なくなった。そしてある人々にとっては彼等自身の無誤謬を肯定することが益々必要になった。
我々は、最初からして、その福音書においても使徒行伝や書簡集においても、いかにこの教理の誤解が、了解することの出来ないそして奇跡的なものによって証明される必要を造り出したかがわかる。
使徒行伝によれば、それは弟子達がエルサレムに集まって割礼をうけないものの洗礼について、また偶像にささげられた肉を食うことについて、そこに惹起された問題を決定せんとした時に起った。
その問題が既に、それを論じ合った者どもが、一切の外的な儀式、断食や安息日や、浄化や、洗身やを排拒したキリストの教えを了解して居なかったことを示して居る。こう言われて居る、口に入るものは人を穢(けが)さない、しかし心から出づるものが穢すと。それ故に割礼をうけて居ないものの洗礼の問題は、その師を愛しその師の偉大さを通じて感じはするが、それを真に了解することの甚だ遠いものの間にのみ起り得る。そして実際そうであった。会議の議員たちが教えを了解しなかったが故にそれだけまた彼等の不十分たる概念の外的保証を要したのである。その問題の存在そのものが、教えを全く了解して居ないと言うことを証するものであるが、兎に角それを決定せんがために、使徒行伝の伝うるところによればこの会議によって初めて、かくもひどい害悪をなし、そして永遠的な仕方で、ある肯定をなすべき真理を確立せしむる様に運命づけられたところのそれ等の恐るべき言葉が発せられた。何となればそれは『精霊及び我々に、善しと見えければなり』(使徒行伝15の28)、会議がこれらの言葉をもって宣言した事はその決定し肯定した真理が、精霊即ち神の奇蹟的参考によって証明されたと言うのである。
しかし精霊即ち神が使徒を通して語ったと言う事を宣言するにはまた証明がいる。この証明をなさんがために、ペンテコステ(五旬節)の日に精霊が焔の舌の形をもってこの肯定をなしたものの上に下ったと言う事を断定する必要があった。(精霊の降下の記録は会議の記録の前にあるが、しかし使徒行伝はその何れよりもずっと後に書かれたものである)しかし精霊の降下もまた焔の舌を見なかった者(人の頭の上に漂って居る焔の舌が、何故に人の言うことの不抜の真理であると言うことの証明になるかということは全くわからない事ではあるが)に向って保証される必要があった。そこで他の奇蹟が必要になった。治癒、復活、死、その他何人にもキリスト教の真理を納得せしめずして反ってより以上に反発せしめるに過ぎない様な、あの使徒行伝に記されたる奇妙な曖昧な奇蹟がそれである。
この方法で真理を保証することの結果は、真理を確証せんとして奇蹟物語を積み重ねる度に従って、教えがその原始の意義からかけ離れ、そして益々了解することの出来ないものとなってしまう。
最初からこの通りであった。そしてかくのごとくにして奇蹟的証明が成長し発達した。そして今日においてはそれが論理的にその最後の頂点に達して、化身説や法王監督聖書等の独断説を醸すに至った。と言う事は即ち、それが全く理解の出来ない索理に到達し、そして神あるいはイエスキリストはある教理をすら信ぜよと言うのではなくて、公同主義におけるがごとくある一人を、あるいは正統派に於けるがごとく多くの人々を、あるいは新教に於けるがごとくある本を盲目的に信ぜよと言うに至ったのである。キリスト教が広く拡がれば拡がる程、そしてそれを受納れた非開明人の数が多くなればなる程、益々それが了解されることが少ない。益々きっぱりとその解釈無誤謬が買いかぶられ、そして益々その真の意義を了解することの可能が薄らいで行った。コンスタンティンの時からして既に、全教訓が地上の権力の裁可によるResume(略説)となり、教会会議のすべての争論の大要となり、我は此れを信ず彼を信ずと言った後に、最後に、我は一つの聖なる公同使徒教会を信ず、即ち自らを教会と呼んで居るところの人々の無誤謬を信ずと言って居る信条となりさがった。かくて全教訓は大要、自らを人に啓示者たる神もしくはキリストを信ずるのでなく、むしろ教会が信ぜよと命じた信仰にまでひき下げられた。
教会は神聖である、そしてキリストによって建てられた。神は人々に彼の教えを勝手に解釈することを許さない。それ故に彼は教会を建設したのだ。すべてかかる前提は私がそれを駁論する事をさえ恥ずかしい程誤って居り、また根拠がない。教会自身の断定の外何処にも、神もしくはキリストの何れもが宗門者のいわゆる教会と称するものに爪の垢ほどでも似よったものを建てた形跡がない、又それについて何等の証拠の示されたものがない。福音書のうちには外的権威としての教会に反対する様な暗示(ヒント)がある。その最も直接にして自明なる筋はキリストの弟子たちが何人をも主と称んではならないと告げられたところの筋である。しかし宗門者等が教会と称んだようなものの建設について言われたところは一つもない。
教会と言う言葉が福音書では二度用いられて居る。一度は争論の決定のために人々の集合の意味で用いられて居る。二度目のは、岩、ペテロ、及び地獄の門などに関した不明な言葉に関連して居る。『集会』と言う意味をのみもって居る。『教会』と言う言葉にまでのこれらの二つの暗示から、我々は我々が今教会と言う言葉によって意味して居るところのものを抽出したのである。
キリストは恐らく教会を――即ち我々が今その名で称んで居るところの制度――建設することが出来なかったであろう。何となればそこには、聖餐や特にキリストの言葉にもしくはその時分の人々の思想にも誤謬がないと言う肯定をもって居る今日の教会の概念の様なものが絶対に存しなかったからである。
人々が後に建てられた制度をキリストが全く違ったあるものを表明するために用いたところのものの名でもって呼んだと言うことは、決して彼等に、キリストが『一つの真なる教会』を建設したと断定する最微の権利をも与えない。
のみならず、もしキリストにして真に我々のいわゆる教会なるものを――我々の全信仰また教理の基礎たる――建設したとするならば、恐らく彼はこの制度の定義を明確に与えて置いたであろうし、ただ一つの真の教会にあらゆる神に通有なる奇蹟談の外に、その真理に関しては一瞬の間も何等の疑惑を容れることの出来ない様な確実な表徴を献与して置くべき筈である。しかも我々はその種の何者をも見ない。そしてそこには常に各々自らをただ一つの真教会と称して居る諸種の制度が存して居た、また存し続けている。
公同派(カトリック)の問答書は言う。
“Loglise est la Société de fidiles ètablie par notre Seigneur Jèui-Chrést, repandue sur toute et soumise á I autorité des pasteurs legitimes Principalement notro Saint père-le papo”
『教会はイエスキリストによって建設されたる忠信者の社会にして、全地球上に散在し、その合法の牧師達の権威に、殊に我等聖なる父――法王に臣従する処のものなり』と。即ち“pasteurs legitimes”(*合法的な牧師)の語によって、法王の無上権のもとに支配され、そしてある特殊なる組織によって結合されたる、ある人々から成立する人類の一つの制度を意味して居るのである。
ギリシャ正統派の問答書は言う。『教会はイエスキリストによって地上に建てられたる一つの社会にして、神によって制定されたる教長の指導と統治とのもとに、神聖なる教えと聖餐とによって結合さる』と。最後の教長と言う言葉はギリシャ語では、ある処に住んで居るある特別なる個人からのみ成り立って居るのである。
ルーテル派問答書は言う。『教会は聖なるキリスト教国もしくは我々の教師キリストの下にある一切の信者の社会なり。その社会において、聖霊は、聖書と聖餐との手段によって神聖なる救済を提供し施与し採用す』と。即ち公同教会は既に滅亡し壊廃した。そしてただ一つの真の伝統はルーテル派信仰の中に保存されて居ると言うのである。
公同派にとっては神聖教会はローマの教長及び法王と同義であった。ギリシャ正統派にとっては東方及びロシアとの教長制度と同義であった。ルーテル派にとっては、聖書とルーテルの問答書を認容する人々の社会と同義であった。普通にキリスト教の起源について語る時には、人々は現存の教会の何れかに属して居るところから、あたかも常にただ一つの教会が存して居たかの様に、また居る様に、『教会』という単数名刺を用いる。なかなかそれは真個でない。それ自身を不壌の真理の所有者と宣言する一つの制度としての教会は、最早それが一つではなく少なくても二つの教会が存するに至ったまでは起らなかった。
すべての信者が同じ意見をもち、そしてそこにただ一つの社会が存して居た間は、それ自身を一つの教会と称ぶ必要がなかった。ただ信者が、互に他を排斥し合う敵対の当派に分かれた時にのみ、その何れの側のものも自己の無誤謬を宣言することによってその真理を肯定する必要を感じた。一つの聖なる教会の観念はただ、お互に他を異端者呼ばわりをし、自己をただ一つの無謬なる教会と断定する二つの当派に口論や争闘からしてのみ起った。
もし紀元後51年に割礼されて居ないものを受納れん事を決議した教会があったとしても、それはただ割礼されてないものを受納れないことに定めて居た他の教会――ユダヤ的――があったからである。
よし今日その無誤謬を断言する公同教会が存して居るとしても、それはただそれぞれ自己流に自らの無誤謬を断定し他のすべての教会を拒否する他の教会、――ギリシャ派、正統派ルーテル派――が存するからである。それ故にただ一つの教会の観念は毛頭実在の影を宿さない幻想的仮現に過ぎない。
真の歴史的現象はこうである。即ち、各自が銘々にイエスキリストによって建設されたただ一つの真の教会だと自己を断定し、そしてすべてその他のものを異端流又は分派者の教会だと宣言した人々の集団が常に存在して居たのである。また今も存在し続けて居るのである。
公同派、正統派、ルーテル派の如き最も広く拡布されて居る宗門の問答書は此れを色々に言い表して居る。公同派信仰問答書に言う。
Juels sont coux, qui sont hors de l’eglise?—Les infidèles, les heretiques, les schismatiques
『教会の外にある者は誰ぞや、彼等は不信者異端者分派者なり』分派者とは言うところの正統派のことであり、異端者とはルーテル派のことである。それ故に公同派信仰問答書によれば教会はただ公同派によってのみ成立する。
謂ゆるギリシャ正統派問答書は言う。『正統派教会のみが普遍的教会と完全なる一致を保持するものにして、それはキリストのただ一つの真教会なり。』ローマ教会その他の信条に関しては(ルーテル派その他は教会とすら称ばれない)それ等は正統派教会より分離したるものであるからただ一つの真教会に属することが出来ないとされて居る。
この定義に従えば公同派及びルーテル派は教会に属さない。教会はただ正統派によって構成される。
ルーテル派信仰問答書は言う。
“Die wahre kirche wird dariu erkanut, das in ihr das wort wort cotters alnter und rein ohne Menchenrusutro gelehrt und die Sacramente true nach Christi Eainsetrung gewahret werilen”
『真の神の教会は人の伝統によらず、キリストの言葉に従って真の聖賢の施行による単純明白なる神の言葉の教えによって知られる』
この定義に従えば、キリストや使徒達の教えに何者かを加えたものは、――公同派やギリシャ教会がなした様に――すべて教会に属さない。教会はただ新教徒によってのみ構成される。公同派は、聖霊が不断にその彼等の教長の中に活動すると断定する。正統派は、その同じ聖霊が不断に彼等の教長の中に活動すると言う。アリアン派は聖霊が彼等の教長の中に活動したと断定した(そして彼等は現在の諸教会がなすのと等しく此れを断定する権利は十分にもって居る。)
ルーテル派も改革派も長老派メソディスト派もモルモン派も、すべての新教派は聖霊が、ただ彼等の集団にのみ活くと断言する。もしも公同派がギリシャ派及びアリアン派の分離の時に聖霊がその背教者の教会を去って、ただ一つの真の教会に上がったと断言するならば、――然らば色々の信条をもてる新教諸派もまた、彼等の教会が公同派から分離した時、聖霊が公同教会を去って彼等が認めるところの教会に止まったと言う十分の権利をもって居る。そしてそれは正しく彼等の言うところである。
何の教会もその信条をある無碍の伝統を通して教会及び使徒たちより抽出する。そして、キリストから出て来たどのキリスト教的信条もある伝統によって現代に至るまで伝えられたのでなければならぬことは明らかである。しかしそれは一切の他の伝統を排して、そのうちの何れかの不壌の真理の証拠とはならない。樹の上のどの枝も何等の遮断なしに根から派生したものである。しかしその各々の枝が一つの根から派生して来たと言う事実は毫もそれがただ一つの枝であると言うことを証明しない。それは教会においても同じである。どの教会もどの教会も継承の同じ証明とその真理の同じ奇蹟的証明を提出する。それ故に教会とはどんなものであるかと言うただ一つの正確にして厳密なる定義(我々がそうであらんことを欲して居るところの幻想的仮現の教会でなく、実際に存在した、また今も存在して居る教会の)はこうである。教会とは自らを真理の独占的また絶対的所有者と断言する人々の集団である。
後に至ってこれらの集団は権威者の扶助によって有力なる制度にまで発達した。そしてイエスキリストの教えの了解普及にまでの主なる障碍であった。
そうなるより外に仕方がなかったのだ。すべての以前の教えとは異なったキリスト教の本質的特質は、それを受納れられたものか益々完全にそれを了解し履行すべく不断に求めたことであった。ところが教会の教理はその真理の決定的了解と抽象的履行とを確説する。
教会がキリスト教的制度だと言う誤れる概念と異端の嘲笑のうちで教育された我々にとっては、それがいかに不思議に見えようとも、――しかも真の進歩即ち真のキリスト教の表わされたのは、我々が異端と呼ぶところのものの中においてのみである。そしてキリスト教がこれらの異端のうちに於ける進歩を阻まれた時にのみ真のキリスト教でなくなり、教会の不変の形式に鋳込まれる様になる。
異端とは何であるか、異端を取扱って居るすべての神学書を読んで見るがいい。(どの神学も、誤れる神学即ち異端神学に取囲まれたる只中に在りて、ある真の教理を語って居るのだから、異端説と言う奴は精確なる定義を要求する最初のものである)何処を探したって異端説の定義に類似したものさえ見出し得ないだろう。
異端と言う言葉の何であるかを示す定義の影のようなものさえ全く欠如して居る一つの例はかの博学なるキリスト教の歴史の大家であるEdepresosが“Vbi christus ibi Ecclesia”という標語をもって居る『教理史』において、この問題について表白した意見の中に見出される。以下が彼のその緒論P.3において言った事である。
“Je sais que l’on nous conteato Je droit de qualifier ainsi jes tendencies qui furent si vlvement combattnes par les preteiar l’ires. La designation mermo d’heresie semble uno atteinto portie a la iberio de consclence ét do pensée. Nous ne pouvons partager ces serupules, car ils n’iralent a rien moins qu’d enlever au christianisme tout catactére distinctif.”
コンスタンティンの時代からして、教会が実際に、見解を異にするあらゆるものを異端者として罪するために、その権力を乱用し彼等を迫害したと言う事を言った後に、初代キリスト教を論じて言う。
“L’aglise est uno libre association, ily a tout probit a se ///以下省略
Cetie presumption ne so transfozinera-t-elle pas en certitude al notis ///以下省略
著者の全議論の実質は、ある与えられた時代において宣言せられたる信条に一致しない意見はすべて異端であると言う事である。しかし、ある与えられた時代において、また、ある与えられた場所において、人々は常に何事かを宣言して居る。そしてこの何処かにおいて、又、何時かにおいて、何事かに対する信仰を真理の標準として取り入れる事は出来ない。
簡単に言えば、この問題の実質は、Vbi christus, ibi ecclesia(*キリストである場合には、教会があり、)である。そしてChristusは我々の居るところである。すべてのいわゆる異端説は、その自ら語ることの真理であることを信じて居る。それはまた、教会歴史を読んで見ても、その信仰の説明が段々と発達して居る事がわかる。それはすべての諸論を自己の用に転用する事が出来る。そしてそれ自身の信仰をのみ真のキリスト教であると称ぶ。すべての異端説においてなされ、又、常になされた様に。
異端のただ一つの定義は(xipeois と言う言葉は『部分』を意味する)かうである。即ち、言うところの組合において宣言されて居る教理に左祖する事を拒む何等かの意見に対して、組合の人々によって与えられたる名。普通に異端説に賦与されたもっと狭い意味は、地上の権力者によって建設せられ支持されて居る教会の教理を拒否する意見を示す。
この問題を取扱って、異端と言う言葉を否定の意味で用いる事の不法、専断、不條理を示した書物としては、Gotfried Arnold(1720)のUnpar teyis che kirchrn-unn ketrer-Historieと言う、注目すべきしかしほとんど知られて居ない本が在る。
その本は、異端説の歴史の形式でキリスト教の歴史を叙述せんとする企である。著者はその緒論において一系の問題を提供して居る。即ち、
(一)異端者を製造(Von den keZremachern soibst)する者について、(二)異端者となる様に造られた者について、(三)異端説の対象物、(四)異端者を造る方法について、(五)異端者を造る目的及びその結果について、等である。
彼はそれ等の点の各々に関して多くの問題を提出している。そして、有名なる神学者等の著作から採られた回答を与えて居る。だが、主としては、読者をしてその本の内容からして彼自身の結論を引き出させる。幾分かは自己の答を包含して居る之等の問題の例として、私は次ぎの文章――異端者を造る方法と言う第四の点に関する――を引用すると、彼はその第七の疑問において言って居る。
『すべての歴史は、最大の異端の製造者等――芸術の巧者たち――父なる神からその秘密を恩された哲人、即ち偽善者、パリサイ人、法学者たち、であったと言うことを証明しないか。(疑問20-21)でキリスト教の腐敗して居た時代においては、偽善者や嫉妬者たちは、神より偉大な賜物を最も多く賦与された者、純粋のキリスト教時代においては最も多く尊崇されたに違いない人々を、特に廃拒しなかったか。そして他方ではまた、キリスト教の退廃期において、自らを他のすべてのものの上にあげ、自らを最も純粋なるキリスト教の教師と称んだ人々は、使徒の時代やキリストの弟子たちの時代においては、最も恥ずべき異端者及びキリスト者と見られなかったであろうか。』
その後彼は、教会によって要求せられ、そしてそれに契合しないものは異端と思惟されたところの信仰の本質の言語的表白は、信者の人生観を十分に覆い尽す事が出来なかったし、それ故に又、かくのごとく、何等かの言語で信仰を表白することの要求が異端の原因となったと言う観念を提供して居る。此れに関しては、彼はその21及び33頁の間において言って居る、『もしも神の事業なり仕事なりがそれを表白するに十分な言葉を見出すことが出来ない程、力強くかつ深刻なものであるならば、自分の概念を明白に形成する事が出来ないからとて、異端者と見られなければならないのであるか。これが即ち、初代のキリスト者達が、言葉によらずして、情(こころ)と行爲とによってお互を判断し、異端的だなどと称ばれる心配なしに、思想の表白に全くの自由を許容して居たので、異端のなかった所以でなかったか。それは僧侶が、何人かをば、破滅させるとかあるいは排斥する時に、その人の教理に疑問を起こさしめ異端の衣を被せかくする事によって、其人を罪に定め、排拒する時に行う教会の常套手段でなかったか。』
『いわゆる異端者の間に罪や過失の存して居たと言う事が真実であるとしても、同様に、又此処に引用された(教育と異端との歴史において)多くの例によって見られるごとく、嫉妬やその他の動機からして、僧侶の爲に破滅させられなかった重要人物にして真摯公正な人間の決して存しなかったと言う事も同じ様に又、真実にして明白な事である。』
かくのごとく二百年の以前において己に異端の意義が解せられて居たのにも拘わらず、現代においてもなおその同じ思想が存在して居る。それはしかし教会の存する限り存せざることを得ない。異端は教会の反対側である。教会のある所にはまた異端の思想もなければならぬ。教会は自分達が不壤の真理を把持して居る事を固守する人々の社会である。異端は教会の真理の不浄を許容し得ない人々の説である。
異端は教会に於ける活動顕現である。教会の沈滞せる不変の肯定を揺り動かさんとする努力である。キリストの教えの活ける把握の企図である概念の進歩の何の段階もその教えの成就も、異端者によってなされた。テルチュリアン、オリゲン、アウガスチン、フィス、サポナローナ、ヘルチーツスキー等、すべてみな異端者であった。それより外に道がなかったのである。
その人の教えが、キリストの教えを段々に確実(しか)と諒解する事と、益々完全な実現――完成へ向かう進行――とに存するキリストの信奉者は、彼がキリストの信奉者であるが故に、キリストの教えを十分に諒解して居るとも履行して居るとも、自分をも他人をも肯定する事が出来ない、尚更また、人間のどの社会もこれを自分達に肯定する事が出来ない。
キリストの弟子の達した完全な把握の程度がどれ程だとしても、彼は常に、自分の概念及びその履行の不十分を感じ、もっと完全なる把握と履行とに努力しなければならない、それ故に、個人なり社会なりが、キリストの教えの完全なる概念と実行とを所持して居る事を肯定するとするならば、それはキリストの教えの精神を拒む事である。
いかに不思議に見ようとも、こうしたすべての教会は常に、当にキリストの教訓に相反せるばかりでなくそれより外は有り得ないのである。ヴォルテールが教会を“L’infame”(不埒者)と称んだのは理由のない事ではなかった。いわゆる『派』(訳者註:この『派』は何々派と言う意味よりも強い。既成宗教を信じない派のことを言う)と称せられて居るキリスト者かアポクリファ(訳者註:認定せられざる経典の事、キリスト教会では聖書に対して偽書と称して居るけれど、その価値は決して偽と称ばれる様なものでない)において予言されて居る『真紅な女』だと信じたのは自由のない事ではなかった。教会の歴史が最も恐るべき戦慄と残忍とをもって充たされて居ると言う事も決して自由のない事ではない。
教会はその本質上決して、多くの人々が考えて居る様に、キリスト教の原理の上に建設された制度ではない。幾分その真直な道から迷い出たものである。本質上に於ける教会は、自らの無謬を確説する社会の意味においてキリスト教に反する制度である。こうして教会とキリスト教との間には、その名の外何も共通な点がないばかりでなく、両者は全く、根本的に敵対する又矛盾する二つの原理である。一つは、傲慢で、暴力で、自己肯定で、遅鈍で、死である。他は謙遜で、忍耐で、信徒で、敏活で、生命である。
同時にこれ等の二つの主に仕える事は不可能である。一つか、他か、選ばねばならぬ。
ある信条をもてるあらゆる教会の、特に近来の教会の、僕(しもべ)たちは、自らをキリスト教的活動の選士だときめようと試みる。彼等は妥協をする。彼等は教会に這入り込んだ悪口を訂正せんとする。彼等は悪口されるからと言って、それのみがすべての人間を結合し、神と人との間の仲保者たるキリスト教会の本質的原理を拒否してはならぬと言う。しかしそれはすべて嘘である。教会は当に人々を結合せしめないばかりでなく、常に、離反、憎悪、戦闘、虐殺、宗教訊問、聖バアソロミューの前夜である。教会は決して神と人との仲保者でなかった。一体その仲保と言う奴は不必要でもありイエスキリストによって禁じられもしたものである――彼はその教理を個々の個人に直接的に又端的に啓示したので。教会は神の代りに死せる形式を提供する。そして神を啓示する事なくして神を人から覆い隠す。誤謬から生まれ、そしてこの誤謬をその不壤説によって支持するところの教会は、イエスの教えのあらゆる真の概念を迫害し蹂躙しないでは居られない。彼等はこれを隠そうとする。しかし隠しおおせない。何となれば、キリストによって指示された道に従って進んで行くときには彼ら自身の存在を破壊するからである。
あらゆる信条の近代的僧俗記者が、キリスト教の真理なり徳なりについて語って居る説教を聴くなり、論文を読むなりする時には、又、幾世紀と言う間を通じて行われた天才的議論や奨励や宣伝やを、(しかも時としてはそれが真摯な響きをもって伝えられる時、それを)聴いたり読んだりすると、人は教会がキリスト教に相反しなどし得るものかを疑いたくなる。
『その間からクリソストムの如き、フェネロンの如き、バトラァの如き、その他キリスト教的説教を出した人々がキリスト教に敵対するなどの事はあり得ない筈だ。』『教会はキリスト教から迷い出る事は出来る、誤謬に陥る事も出来る、しかしキリスト教に敵対するなどの事もあり得ない、』そこで人は、キリストの教えに従って、木を知るために果実を見る、そしてその果の悪いことを見る。教会の活動の結果がキリスト教をゆがめる事であったのを見る、そこで彼は、いかにその個々の人々が善であろうと、彼等の参与した教会の事業はキリスト教的事業でなかった事を許容しないでは居られなくなる。教会に奉仕した人々の善や徳はその個人々々の善なり徳であった、彼等の奉仕した者のそれではなかった。すべて之等の有徳なる人々は――ハァツシジのフランチェスコ、ローブのフランチェスコ、ティション、ザツウスキィ、トーマス・ア・ケンピス等の如き――キリスト教に敵対なる名分に奉仕したと言う事実にも拘わらず有徳であったのである。そして、もし彼等にして彼等の握んだ誤謬に陥る事をしなかったならばもっと善良でもっと有徳であっただろうにと思われる。
しかし、誤って解釈することが出来、ほとんど何だかわからないところの過去について語ったり過去を批判しようとするのか。教会の原理及び事業は過去のものではない。彼等は現在我々の眼の前にある、そして我々は彼等の現在の活動及び人に対する彼等の現在の感化を批判し得る。
然らば、今日の教会の活動はどんなものであるか。どんなに彼等は人々を感化するか。ギリシャ教会、カトリック教会、プロテスタント教会、等によって何が成されて居るか。彼等の事業は何であるか、その事業の結果は何であるか。
我がロシアのいわゆる正教会の活動はすべての人に明らかである。それは、最も重要なる現象であって、隠蔽しも抗弁されもしない。かかる努力をもって行われるところの五千万の軍隊を組織する、そして幾億の人民に価するところのロシア教会の、この巨大なる制度の活動は一体どんなものか。
教会の活動は、あらゆる手段方法を用いて一億のロシア人民に最早何等の根拠も持って居ない埃くさい役に立たぬ信仰を注入する事である。我々の人民には外人であるところの人々によって、ずっと以前に告白されたところの信仰を。そして、そのほとんど誰もが、これらの偽の教理を教える事をもってその義務とした者でさえ、今日に至るまでも保証を与えなかったところの信仰を。
人民と相容れない、そして、現代の人々にとっては最後の意義ももって居ない、之等の陳腐な公式。三位一体、神の母、聖餐、思想等に関するビザンティンの坊主達の公式、――その一部分はロシア教会の活動であり、その残予の部分は最も字義通りの意味の偶像崇拝、聖なる遺物や聖像の崇拝、祈祷がきかれると言う望をもってするそれ等の犠牲奉供。
私は、坊主達が自由主義と科学によってなす様に詐って書いたり言ったりする宗門的定期物については言うまい。私はただこの一億の住民をもてる広大なる全ロシアを通じて、真に僧侶達によってなされて居る事を語ろうと思う。ロシア全土を通じて、人民が根氣よく、骨を折って教えられて居る事は何であるか。いわゆるキリスト教的信仰の名において彼等から要求されたものは何であるか。
私は最初、即ち子供の出産の時から始めよう。一人の子供の生まれた時には、子供とその母とのために祈祷をあげねばならぬ、そうしないでは母は不浄だから、と告げられる。この目的のために、僧侶は腕にその子供を抱いて、人民が単に神々と稱んで居るところの聖徒の繪の前に立って、魔除けの祈祷を読む、そうしてそうする事によって母をきよめる。それから両親は、そうしなければ刑罰を受けると脅かされながら、子供に洗礼を受けさす事を教えられる。むしろ命令される。即ち祭司をして子供を三度水中に埋めしめるのだ。そしてその間わけの分からぬ言葉で祈祷をささげ、身体中の色々なところに油を塗ったり、髪の毛を刈ったり、教父が仮想の悪魔に対って唾を吐いたり打ったりする様な、更らに訳のわからぬ事をする。こんな事はすべて、子供を浄め、彼をキリスト者とする事だと想像されるのだ。そうすると今度はまた両親は、その子供を聖餐式に列せしめねばならぬと告げられる。と言う意味は、そうする事によってキリストの肉体の一部を飲み込む事になり、その結果キリストの祝福を受ける事となると言った風のものである。麺皰と葡萄酒とを受けねばならぬと言うのである。
それからまた両親は、その子供が成長してくると祈祷を教えねばならぬと告げられる。と言うのは子供はキリストの顔や、聖母や、聖徒たちの描かれて居る板の前に立ち、右の手の指を奇妙な風にたたんでそれで彼の前額、肩、胃に触り、そして、頭をさげ、もしくは全身をかがめて、スラブ語を語らねばならぬと言うのである。そのうちでも最も普通に子供達に教えられる言葉は、神の母だとか、聖母だとか、喜ばしいとかなど言うものである。子供達はすべてこれを爲すべきを教えられる。――即ち、十字の記標(しるし)をなす事を――教会なり、聖像なりを見る度ごとに――教えられる。それから又彼は、聖日や、キリストの生まれた日や、――たとえ誰も何時彼が生まれたのかを知らないとは言え彼が割礼を受けた時や聖母の死んだ時、もしくは十字架が運ばれた時や、あるいは聖像が持ち来された時や、あるいは瘋癩病者が仮像(ビジョン)を見た時やなどの日には、最もいい晴着を着て教会に行き、蝋燭を買ってそれを聖徒の繪の前に立て、祈祷のために死者の名を書連ねた過去帳及び、それから祭司が三角形の小さな断片に切ってくれるパンを供えねばならぬと教えられる。それから彼は、繰り返し繰り返し皇帝及び監督の健康と幸福を祈り、自分のために又自分の仕事の成功のために祈らねばならず、最後には十字架と祭司の手に接吻をせねばならぬ。
祈ることを教えられる外になお我々は、少なくとも年一度は、我々の潔齋(デボーション)を行わねばならぬと告げられる、と言う意味は、我々は教会に行って祭司に我々の罪を告白しなければならぬのである。――罪をある他人に告白するならば一切の罪から我々が浄められると言う仮想の下に。そしてそれをすると、次には、更らに我々を浄めてくれるところのパンの一片と、匙で出してくれる葡萄酒とを取らねばならぬ。それからまた我々は、もしある男と女とがその肉交を聖めんと欲するならば教会に行って、金属製の冠をその頭に戴き、幾らかの酒を吞み、一つの卓子の周囲を三度ぐるぐるまわりながら何か歌うと彼等の肉交は聖きものとなり他人のそれとは全く異なったものになると教えられる。
日々の生活に於ては次ぎの規則を守るべきことを教えられる。ある定めたる日において肉や牛乳をとってはならない。ある他の定まりたる日には教会で歌われるTe Deums(訳者註:Te Deumsと言葉で、即ち、我等賛美す、おお神よと言う言葉で始まる有名なる拉語の賛歌、)死人のための弥撒(ミサ)を行わねばならぬ。休日には祭司を招いて彼に金銭を与えねばならぬ。一年のうちに幾度も、その上に繪を描いてある板を教会から持ち出して、タオルの上にのせて家または畑のまわりに持ち廻らねばならぬ。我々はまた死ぬ前には少しのパンを食い、匙で葡萄酒をのまねばならぬ。そして時さえあれば油を塗れば尚更いいと教えられる。そうすれば来世における我々の幸福が保証される。死んだ後には、死者の霊の救済のために祈祷を印刷した紙を彼の手にもたしてやるといい、また死骸のために祈祷書を読んでやり、教会で時々彼の名を稱えてやるといい、と、死者の親族の者たちは告げられる。
これはあらゆる人の義務だと考えられる。だが、もし誰かが死者の霊魂のために特別の注意を払わん事を欲するならば、この信条に従えば、他界に於ける死者の霊の幸福のために最も大なる安全は金を教会や修道院にささげる事である。そうすると聖徒たちは彼のために祈らざるを得なくなるからである。この信仰に従えば、修道院にお詣りをし、奇蹟をする聖像や遺物を保有する事もまた、死者の霊のためによい事である。
之等の遺物や聖像は特殊な神聖、力、祝福を所有して居る。そして之等の物は近寄ると――それに触ったり、接吻をしたり、その前に蠟燭を立てたり、その下に匐いつくばったりすると――非常に沢山救済を増進する。又、彼等の前でTe Deumsが繰返される。これが、そしてこれのみが正統派、即ち真の信仰と称される。そしてキリスト教の仮面でもって幾世紀もの間、特に今日は特別の熱心をもって、人民に深い印象を刻んで来た。
何人をしても、正統派教師は他の何者かの中に住むべき彼等の教理の本質をもって居ると言わしむるなかれ、また、これらの儀式はただ一つの旧い形式であって、それを廃毀するに及ばぬものだと考えしむるなかれ。それは真理でない。ロシア全土を通して、ロシアの全僧侶によって、この信条が、そしてこれのみが教えられた。そしてこの近年は特別の勢力をもって、その外には何もない。人々は何か他の事を大文字でもって書いたり語ったりする。しかし一億の住民の間で、これが、これのみが教えられ注入される。僧侶は何か他のことを幾らかしゃべる。しかし彼等はあらゆる手段をもってただこれをのみ教える。
すべて之等の、個々人及び聖像の崇敬は神学や問答書に記されて居る、それは神学的にも実際的にも種々と人民に注入される。人民は華々しい荘厳や芝居的観物や権威や暴力の助けによって催眠をかけられ、それ等すべてを信ずる様にされる。そしてその信条は、人民がこれ等の乱暴な迷信を自ら解き放なとうとする如何なる企画からも細心に保護される。
私が私の著書『予は何を信ずる乎』に関して早くも言った様に、多年の間私は、悪に対する無抵抗に関するキリストの教訓及び彼自身の言葉が嘲笑や卑しき揶揄(やゆ)の的とされて居た事、及び僧侶達がこの謗瀆を大目に見たばかりでなく明らかにこれを奨励しさえしたのを目撃した。しかし、イブアスカイアの名の下に酔っぱらいによってモスクワ中を瀆神的に持ち運ばれる下らない偶像を輕蔑する様な言葉を発して見よ、憤怒の唸りがその同じ正統派牧師から起るであろう。偶像の外的礼拝のみが宣伝される。何人をしても、人々をしてお互いに干渉せしむるな、『これを成されねばならぬ、そしてあれは成されないでほっといてはならぬ』『それ故に彼等が汝等に告ぐる事は何でも守って行え。しかし彼等の行うところを真似するな、何となれば彼は言えども行わないから』(マタイ伝23章)と言わしむるな。
それは律法の外的規約を守るところのパリサイ人について言われたのである。それ故に『彼等が汝らに告ぐる事は何でも守って行え』と言う言葉は慈善や善行のことを言って居るのであるが、『彼等の行うところを真似するな』と言う言葉に儀式の履行や慈善事業をなさない事に関して言ったのであって、それを儀式を守る事の命であるかのごとくに解釈する僧侶の解釈とは全然正反対の意味をもって居るのである。外的な礼拝は真理と恩恵の奉仕にはほとんど相合わざるものである。大概の場合には一つが他を排斥するものである。パリサイにおいてそうであった。そして今や僧侶的キリスト者においてもそうである。
もし人が贖罪や聖餐礼や祈祷によって救われるものならば彼は、善行をなすの必要はない。
山上の説教と使徒信条とは同時に信じられない。そこで僧侶はその後者を選んだ。信条は教会で祈祷として教えられ読まれる、ところが山上の説教は教会における聖書朗読からさえ排除される。だから、会衆に全福音者が通読される時でなければ、それをきく事が出来ない。またそうする外はない。残忍にして不合理な神――人類を呪い、神の独子を罪して犠牲にし、人性の一部を永遠の痛苦に定めるところの神――を信ずるものは愛の神を信ずることが出来ない。神なるキリストが生者並びに死者を審判し罰せんがために榮光の雲に乗ってやって来るだろうと信じて居る人は、反対者に対して頬を向けかえせ敵を審くことなくして愛して赦せと教えるキリストを信ずることが出来ない。旧約聖書の神的鼓吹を信ずる者、死の床において彼に対したある老人を虐殺する事を命じたところの、しかも、ある誓言に縛られて居るので自ら手を下して殺すことの出来なかったダビデの神聖を信じて居る者、その他旧約聖書に充満して居るこれ等と同様同種の忌まわしき事を信ずる者は、キリストの道徳的律法を信ずることは出来ない。キリスト教と戦争や死刑執行とが矛盾しないと教える教会の教理や説教を信ずる者は、人間の兄弟性を信ずる事は出来ない。
加えてこれ、贖罪や聖餐礼を信ずる事によって救いが得られると信じて居るものは、日常生活においてキリストの道徳的律法を履行せんが爲にその全力を用ゆることが出来ない。
人は彼自身の努力によって救われるを得ない。ただ、ある他の手段によってのみ救われると言う厭うべき教理を教会によって教えられる人々は、それに頼るのは罪だと教えられる処の彼等自身の努力を用いる代わりに、これ等の手段によると言う事は必然であろう。贖罪や聖餐礼等を言う教会の教えは、すべてキリストの教訓を排除する。中にも最もひどいのは、偶像礼拝を信ずる正統派の信仰である。
『併し人民自身はすべて之等を信じて来た、そして又今もそれを続けて居る。』と言われるだろう。
『ロシア人民の全歴史は之を証明する。どうして人は人民からその伝統を奪い取る事が出来よう。』しかし、それは全く嘘だ。ずっと以前において人々が今日教会によって保持されて居るのと幾分か似て居る信仰――似て居るのである、しかし同じだと言う事からは非常にかけ離れて居る――をもって居たという事は確かに真理である。総べてこれ等の愚かしい聖像、悪魔、遺物、饗宴、白樺の小枝、花環等の外に人民は常に、深刻なる倫理的及び実行的キリスト的概念を持って居た。そしてそれは決して全体としての教会の持って居ない物であった。ただその最も高貴なる代表者の中においてのみ見出されるものである。教会や国家によって挙げられたすべての障碍にもかかわらず、人民はその最も進歩せる会員の中において永い間この素朴な認識狀態を続けて来た。あらゆる方面に自発的に生起した合理派によって証明されるごとく……そしてそれ等の人々によって充たされ、僧侶がそれを打ちくだこうと努めたけれど駄目だった人々は、着々としてその実際的及び道徳的方面のキリスト教意識を進めた。教会が表われて、異教主義の頽廃せる、そして頑迷なる形式を保持したばかりでなく、強制的に教え込み、そして、人民が非常の努力をもってそこから抜け出そうと足掻いて居る暗黒の中に、彼等を再び投げ込もうとしたのは此処(ここ)である。
『我々は何も新しいことを教えはしない、ただ彼等が信じて居る事を完成された形式において教えるのである』と僧侶は言う。それはあたかも雛を縛って、それが其処(そこ)から破れ出て来た殻の中に今一度投げ込もうとするのと同じである。
私は、あらゆる方面において縛られた人々が互にだまし合い、この種の魔術的社会から逃れることが出来ないやり方の、滑稽な、しかしその結果において恐るべき物をもって居る光景によって驚かされた事がしばしばであった。
考える事を始めたロシア人の最初に起る疑問は、奇蹟をする聖像の事だとか、また、何よりも先きには遺物のことである。それ等が腐らないと言うのが本当であるか。奇蹟をすると言うのが本当であるか。と、幾百幾千の人民はこれ等の疑いを自らに問う。そしてその答えに惑う。と言う重なる理由は、すべての大主教や高位の牧師達が遺物や奇蹟をする聖像に接吻する。もしこれ等の主教や牧師達に向って何故に、この慶事をするかと聞くならば人民の爲にするのだと答える。そして又人民の方に聞くならば主教や牧師達がするからそれをするのだと答える。
ロシア教会の活動は、説教や、論文や、評論や、宗教的定期物やにおいて近頃示されて居るその会員の近代的博識や精神が外形的にいかに立派であっても当に人民をして粗野にして野蛮な偶像礼拝の過去の狀態を保持せしむるばかりでなく、偶像礼拝と、相並んで常に人民の中に存して居たキリスト教の倫理的概念を打ち砕く事によって迷信及び宗教的無智を伝播し奨励する事にある。
私はかつてオプチン荒野修道院の本屋において一人の年老いた百姓が読む事の出来る彼の孫の爲に、数種の宗教的読物を、選んで居るのを見た事を覚えて居る。修道僧は彼に、遺物や聖日や奇蹟をする聖像の事について書いてある本や詩編をすすめた。私はその老人に福音書をもって居るかと聞いた。『いいえ』と彼は答えた。『彼にロシア語の福音書をやってくれ給え』と私はその修道僧に言った。『いいえ、それは彼等にやってはいけないのです。』と修道僧は答えた。
こんなのがロシア教会の活動の実際である。
しかし、これはただ野蛮なロシアにおいてのみそうである、と欧米の読者は言うかも知れない。その言い分は、教会をしてその曲解的及び麻酔的勢力を保持する事を助くるところの政府について言った時にのみ正しい。
ヨーロッパの何処の国にもかかる専制的な政府の存して居ないと言う事は事実であるし、それが、かかる程度にまで支配教会の朋友であるところもないと言う事も事実である。それ故に、ロシアにおいて、政府が国民の堕落に関与する事がそんなに密接であっても、しかも、ロシア教会のその人民に対する感化が何処か他の教会と異なったところがある様に想像するのは正当でない。
教会と言う教会は何処ででも同じである。もしカトリック教会なり、監督教会なり、ルーテル派教会なりがロシア教会のような服従機関を所持しないとしても、それは彼等の方に於ける欲望の欠乏から生起するのではない。
こうした教会は、たとえ、カトリックであろうが監督派であろうが、ルーテル派であろうが、長老派であろうが、いやしくも教会と名のつく教会はすべてロシア教会と同一の目的を追わないでは居られない。――即ちキリストの教訓の真意義を隠蔽して、即ち、何等の義務をも置かないところの、キリストの実行的教訓の真義をつかむ事の可能を拒否するところの、そして何よりも多く、人民の費(つい)えによって生きて居る祭司職の存在を弁明するところのそれ自身の教理を置き代える事である。
聖書を読んではならない、ただ僧侶や不壤の法王の導きに是も非もなく従えと要求するカトリック主義の過去及び現在の活動は、これをおいて外に何があるか。ロシアの教会の説教するより外のどんな事を、カトリック主義が説教したか。同じ外的な礼拝、同じ遺物、奇蹟、肖像、同じ行列及び奇蹟的聖母、書物や説教に於けるキリスト教に関する同じ朦朧たる霊的文句、そして実行に於ける同じ最も腹立たしき偶像礼拝の支持。
教会に制定された形式をもてる監督派、ルーテル派及びすべての新教派の信条によって、これより外の何が爲されたか、紀元四世紀に制定され、現代の我々にとっては最早何等の意義をももって居ない教理を信仰しろと言う同じ要求、遺物や聖像ばかりではなく安息日や聖書の言葉に対する偶像礼拝的尊崇の同じ要求、常にキリスト教の真の要求を隠さんとする、そしてそれに加うるに、何等の義務をもって居ない外的儀式や、英国人が最も得意に定義して居る、そして彼等に最もよく似合って居る勤行、キャント(哀楽会)を置き代えようとする同じ活動、同じ努力。新教においてはこの活動は特別に著しい。なんとなればこの信条は古いものであると言う口実を持って居ないからである。同じ事は又レヴァイブリズム――現代化されたるカルヴィニズム及び救世軍に堕落した福音主義に行われて居ないか。又すべての教会教理が、キリストの教訓に対する態度を同じくして居る限り、その方向においても同じ事である。
彼等はその名において活動して居る様に見せかけて居るキリストの教訓をかくしたいものと全力をつくして努めないでは居られない様な地位に置かれて居る。
すべての教会信条とキリストの教訓との間の矛盾は、この矛盾性を人々から隠蔽せんがためには最も張りつめた努力を必要とする位である。誰でもいい成人せる何人かの地位を想像して見よ。教養の深いものでなくてもいい、地理や生理や化学や宇宙学や歴史やに関するある時代の思潮を獲得したところの極めて普通の人が初めて教会の懐抱して居る信仰や彼が幼少時代教え込まれた信条――世界が六日間で神によって創造された事、太陽の創造される以前に光が表された事、ノアの方舟やその中に住んだ動物の話、キリストもまた時間の始まる前に一切のものを創造した子なる神だという教理、この神がアダムの罪を贖わんがために地上に降ったと言う教理、彼が死者の間より甦って、天に昇り、今は父なる神の右に坐し給うて居るが、死者及び生者を審かんがために雲に乗って来るであろうと言う教理など――を検覈(けんかく)し出した時の事を想像して見よ。
すべてこれ等の命題は四世紀に形成されたものであった。そしてその時分の人々にとってはある意義をもって居るものであった。しかし今日の人にとっては最早何等の意義も有って居ない、我々の時代の人々は、それを口では唱えるかも知れん、しかし心の中では決して信じる事は出来ない。なんとなれば神が天に住むとか、天が開けて声が聞こえたとかイエスが死人の間から起きて天のあるところへ飛んで行ったとか、今一度何処からか雲に乗って来るとか言った様な断定は、すべてこれ等の断定は、我々にとって何等の意味をも有って居ないからである。
空は制限を持つものである、固定的円蓋であると考えた人は、神がそれを造ったとか、それが開いたとか、イエスがその中に飛び込んだとか、言う事を信ずる事も出来れば、信じない事も出来る。しかし我々にとっては之等の言葉は簡単に何等の意義もない。我々の務める事が彼等の義務であると信じるまでである。これが彼等のなす事である。しかし、彼等は彼にとって何等の意義をもってない事を真に信ずることは出来ない。
もしすべてこれらの表白が比喩的な意味をもって居て、単に隠喩的なものであると断定されたとするならば、然る時に我々は、第一に先ずすべての教会員がこれに同意せず、却って、彼等のうちの大部分が聖書の字義通りの解釈を主張する事及び、第二には、その隠喩的解釈が多種多様であって、それを支撑する証拠のないことを、よく知り抜いて居る。また、もし何人かが教会の教訓を信じようと努めても、教育と聖書との一般的混乱と、諸種の信仰をもって居る人々との普遍的交通とが、更らに別な、しかも信ずるのには更らに踰(こ)ゆべからざる障碍を形成するであろう。
今日の人にとっては一ペニィを出して只一冊の新約聖書を買って、父はエルサレムもしくはこの山もしくは彼の山にこの礼拝者を求めない、心霊と真理との中における礼拝者を求めたとか、キリスト者は異教者の様に寺院だとか公衆の前で祈ってはならない、彼自身の室にてひそかに祈らねばならないと言う宣言だとか、キリストの追随者は何人をも父又は師と称んではならないと言う宣言だとかを読めば十分なのである。――これらの言葉を読んで、キリストの教訓に反して自らを教師と称び、議論や口論に没頭している牧師たちが、些少の権威をも構成し得ないと言う事及び、僧侶によって我々に教えられた教理はキリスト教ではないと言う事を確信するだけで沢山なのである。
しかし、それがすべてではない。もし今日の人にして尚も奇蹟を信じ続けて居るとしても、しかも、今日では非常に容易になって居る、他の信仰や宗教の人々との交際は彼自身の信仰の真理を疑わしむるのに十分である。
自分の信条とは違った別の信条を告白して居る人々と会ったことのない人にとっては、彼の信条がただ一つの真の信仰であると信ずることは容易である。しかし考え得る如何なる人も同様に美しくもあり悪しくもある真の信条を信じて居り、そして互に他人の信仰を非難して居る人々と会わないわけには行かない。そしてその結果自分の告白して居る信条の真理を疑い出す。今日においては、まだ全くの無学者か宗教と関係して人生の問題に全く無頓着な人のみが、教会の信仰を持ち続けることが出来る。
すべてこれ等の信仰破壊の條件が存して居るにも拘わらず、教会を建て、勤行の経を読み、説教し、教え、改宗させ、そして何よりも上に、こんな事をするために祭司や牧師や執事や日曜学校長や僧院長や大僧正や監督や大監督の受ける莫大なる俸給を受けんがために、いかに果てしなき狡計やいかに張りつめた努力を教会が用いねばなからぬか。
特別のそして超人間的の努力が必要である。そして、教会は益々緊張せる努力を用いた。ロシアでは、他の一切の手段の外に、それを自由にする事の出来る世俗的権力の単なる獣的暴力に頼った。外的表白を捨て、公然と非国教徒である事を告白した人々は肉体上の刑罰を受けたり、権利を剥奪されたりする。礼拝の外的儀式を厳格に守る者は報いられて特権を賦与される。
こんな事が正統派教会の手段である。しかしすべての教会は例外なしに同じ方法を用いる。そのうちで最も重要なのは現今催眠術と呼んで居るところのものである。
建築から詩に至るまで、一切の芸術が人間の心霊に作用し、彼等を魔酔せしめるために用いられる。そしてこの感化は不断に働いて居る。人間の精神を魔酔せしめんがためにこの催眠術的感化を必至とするものは、特別に救世軍の活動において示される。それは新しいそして異常なる方法に頼る。――太鼓、ラッパ、歌、旗、制服、行列、踊、涙、タンヴァリン、劇的身振り、――これ等のものの奇妙に見えるのはただそれが新規であるからである。特別の飾燈や、黄金や金ぴかものや、蝋燭や合唱隊や、オルガンや、振鈴や、法服や、啜泣きや、説教やなどをやる教会の旧い勤行もまた全く同じ様なものではなかろうか。
いかにこの催眠術の感化が強烈であろうとも、しかもそれは教会の活動の中の、主なる、そして最も有害なる形式ではない。その重なる最も有毒なる活動は、子供を――イエスが『これらの小さきものの微と小さき者を躓かすものは禍(わざわい)なる哉』と言ったその子供を――欺(あざむ)く事である。子供は、意識が目覚めかけるや否や、欺かれ、彼の教師自身も信じてない事を勿体らしく教え込まれる。そしてその欺瞞は、習慣から遂に彼の性質の一部分となるまで浸み込まされる。子供達は、人生の最も重要なる事について根氣よく瞞着される。そしてその欺瞞が深く彼の生存のうちに巣喰うて、それを破壊する事の困難になった時、その時、科学や実在の全世界が――彼が教えられた信仰とは全く異なった、世界が――彼の前に開ける、そして彼はその全力を尽してこれらのすべての矛盾を芥除する道を見出すために残される。
もし何人かが、幼時から吹き込まれた誤れる概念から目覚めて、健全なる脳をもてる自分自身を喚び覚される事のない様に、ある人を迷わそうとする目的を立てたとしても、我々のいわゆるキリスト教社会において教育される一切の青年になされて居るより以上に有切なる方法を工夫する事が出来ないであろう。
人々の間に於ける教会の感化は実に恐ろしい。しかし、教会制度に属して居る人々が、自らの地位をよく考える時には、それより以外の方法を取る事が出来ない。教会は板ばさみになって居る。山上の説教かニースの信条か、互に一は他を排斥する。もしも誠実に山上の説教を信ずるならば、ニースの信条及びそれと共に教会並びにその代表者たちは不可避にその意義と重要さとの一切を失わねばならぬ。もしニースの信条を――即ち教会を、あるいは別言すれば自らをその代表者と称して居る人々を――信ずるならば山上の説教は無用なものとなる。それ故に、教会はその出来るだけの努力をもって、山上の説教の意味を隠して、人民を自らの方へ引き寄せる工夫を凝らさないでは居られない。彼等が今日に至るまでもその勢力を保持したのは、ただ、こんな風に行った教会の奮闘的活動によるのである。彼等をして暫く、庶民に催眠術をかけ、子供たちを欺く活動を中止せしめよ、――その時こそ人々は直ちにイエスの教訓を理解し、そしてその諒解は教会とその意義を破壊しつくすであろう。それ故に教会は大人への催眠術と子供への欺瞞とのその奮闘的活動を暫くもやめはしない。
教会のこの活動はイエスの教訓の誤れる概念をもって人々を染める。そしてそのいわゆる信者と称するものの大多数に向って、イエスの教訓の真の諒解を妨げる。
第三章 教会の隠蔽策
かくのごとくに、私の著書の出版の後に、少数の人々がキリスト教をその真個直接の意味において了解した、また今も尚了解しつつある様子に関して、またキリストの教えをその直接の意味において了解することの可能を拒否する僧俗何れもの批評に関して、私の得た二つの報告は私に以下のことを確信せしめた。(一)少数のものにとっては教理の真の概念は決して枯死しなかった、反って更らに更らに明らかになって行きつつあった。(二)大多数のものにとっては、真の意味は益々曖昧にされて行った。そして遂には人民が福音書のうちに最も明白な言葉で表白されて居る最も平明な原理を了解しなくなった程の頑迷に達した。
キリストの教えの光が人間の意識の最も暗黒なる隅々にまでも透徹した時――キリストが言った様に、人々が彼が囁いて言ったことを屋根の上にて叫ぶ時――彼の教えが人類生活のどの枝葉にも、たとえば(家庭的、経済的、社会的、政治的、国際的の)透徹した時、キリストの教えをその真個の平明にして直接なる意味を今日のものが了解しないと言うことは何等かの理由がなければならぬ筈である。
これ等の理由の一つは、その信者も不信者も共に、彼等がずっと以前にキリストの教えを、完全に、確実に、そして結論的に了解してしまって居るので、彼等がそれに賦与した意味の外恐らく何物をも含むことが出来ないだろうと確信して居ることである。この理由は偽の概念が長い間伝統として伝えられたので、今では真の概念を入れるべき予地がないと言うことに存する。
どんなに強い水の流れもすでに一杯になって居る器に一滴も加えることが出来ない。
我々はどんな馬鹿者にでも、(もし彼が未だそれについての概念を構成して居ないなら、)最も難しい事を伝えることが出来る。しかし我々はどんな賢明なものにでも(もし彼にして我々が彼に告げんとすることを既に確知して居るならば)最も簡単なことをすら説明することが出来ない。
キリスト教は今日の人々には丁度そんな教理の様に見える。それは、ずっと以前からすべての人々によってその最も細かい事にまで決定的に知られて居て、今日解釈されて居るより外の解釈をしてはならないのだと思われて居る。
キリスト教は社会教理を選んで居る人々によっては使徒信条の中に言われて居る一切のことの超自然的にして神秘なる啓示と見られて居る。不信者には見えざるものに対して、やっと残存して居る、しかも老廃して居る人類の渇望の顕現として、また公同主義、ギリシャ教会、新教等に表されたる歴史的現象として、今や最早何等の実際的意義を持つことの出来ないものと見られて居る。信者にとってはキリスト教の真意義は教会によって隠され、不信者にとっては科学によって隠されて居る。
私は先ずその初めの方から始める。
1800年以前、ローマの異教国に今までの何の教えのようでもない不思議な新しい教えが現われた。それはイエスと言う人のものだとされた。その教えは形式においても実質においても全く新しいものであった。それはそれがそこから起ったヘブライの世界においても、それを説き広められたローマの世界においても新しいものであった。
イザヤの言った様に、ローマ人の念を入れてつくれる、そして、甚だ完全にされた治世のただ中において、教説に次いで教説のあったユダヤ人の特別なる宗教的教説のうちにおいて、すべての神々、その神々の畏怖、その神々のおみくじや信仰、而してすべての人間の制度及びその必要等を拒否したある教えが現れた。
先に行われた諸宗教の積み重ねられた規則の代りに、この教えはイエスキリストの人格の中に永遠の完成と真理とそして愛の理想を提出した。そしてこの内的な完成の結果、預言者によって予告されたる外的完成となる様に人間によって到達され得ると宣告された。即ち、神の国の到来、その時にはすべての人は敵意を忘れ、すべての人は神によって教えられ愛によって結合せられ、そして獅子は子羊と共に横たわるであろうと言う。
宗教、世俗、何れの旧い律法もなした様な、規則の不履行に対する脅威と刑罰との代りに、――その履行に向っての報酬をもって誘惑する代わりに、この教えはただ真理の名においてそれ自身にまで人々を召命した。
『もし人彼の意志を行うならば、この教理の神より出でしものなるか、予が自ら語りしものなるかを知らん』(ヨハネ7の17)
『われ真理を語るなるに何故汝我を信ぜざるか』『然るに今や汝等は我を殺さん事を求む。汝等に真理を告げし我を。』『而して汝真理を知るべし。而して真理は汝に自由を得さすべし』『神は真理において拝さるべきなり』『教理は真理の霊によって啓示され明にさるべし』『我汝に命ぜしごとくなせ、然る時汝わが真理を語りしか否かを知るべし』(ヨハネ8章)
その真理の外、真理との適合の外、如何なる証拠もこの教えを証明するために与えられなかった。全教訓は真理の理解をもって成立する、そして予事はそれに続いて起る。理解すればする程、益々完全に人生の仕事のうちに真現を実現する。
この教えに従えば弁明しあるいは彼を正しくさす行爲はない。そこにはただイエスの人格に於ける内的完成と、神の国の実現に於ける外的完成とに向っての真理の理想があるばかりである。その教えの成就はただ支持されたる通路に沿うて進行すること、イエスキリストの模倣の内的完成と、神の国の外的完成とにまでの近接にある。この教えに従えば人の祝福の大小は彼が到達し得る完成の度によらずして、彼の進行の速度の大小によるのである。
貢取ザカリヤや姦淫せる女や十字架につけられた盗人の完成に向っての進行は、パリサイ人の沈滞したる正義よりはより多く祝福される。失われたる羊は檻の中にある九十九よりも可愛がられる。失われて見出されたる放蕩息子や銅貨は、決して失われたことのないものより神には尊い。
この教えに従えば、どの狀態も、達しられぬ内的及び外的完成の通路の上にある一行程に過ぎない。祝福はただ完成にまでの進行の中に在る。行程の何れかに止まることは祝福の中止である。
『汝の右の手のなしたることを左の手に告ぐるなかれ』『鋤に手をおきて後を顧みるものは神の国に適わざるものなり』『悪魔が汝に臣従せるを喜ぶなかれ、むしろ汝の名の天に記されたるを喜べ』『それ故に汝完たかれ。天に在ます汝の父の完きがごとくにも、』『先ず神の国と神の正しきとを求むべし』。
この教えの履行はただ不断の進歩の中に在る――益々高い真理の認識の中に在る。真理を不断に増進する愛によって、我々の中に、また神の国の益々完全なる建設によって我との周囲に、益々完全に実現する事において。
この教理はヘブライ及び異教国のただ中に表われたので在るが、大多数の人々によって受納れられなかった。何となれば彼等はこの新しい教訓の要求したのとは全く違った生活を送って居たからである。同時にまたそれを受納れた僅かばかりの者も、それがすべての先在の観念と全く反対して居たので、それを十分の意味において了解しなかった。
ただ誤想誤解及び側面的説明の一つづきが、時代より時代へと訂正せられ補遺せられたので、キリスト教の教義が次第に我々に明にされた。そこにはいつも一方において異教的及び希伯来的人生観と、他方にはキリスト教的人生観との間の不断の相互作用があった。キリスト教的概念はより生氣に充ちて居たので頽廃しつつある希伯来や異教の人生観の中に、常に、より深く透入した、そしてそれに混合されたその合成から自己を開放した時に、益々明に定義された。人々は益々明白にキリスト教の意義を把握した、そしてその実行において益々完全に実現して来た。
人類が年をとればとる程、益々よく、そして益々明らかにキリスト教の意義を了解した。――実際生活に関するあらゆる教訓において常にそうであったごとく、またそうでなければならぬごとく、打ちつづく時代はその先行者によってなされる誤謬を訂正した、そしてその真の意義の了解に益々近づいて来た。
それはキリスト教の初めからしてこうであった。しかしながら抑もの初めからしてまた、この教えのただ一つの真の意味は、彼等がそれに賦与したもの(その証拠として彼等は彼等の注釈の真理を証明するのに奇蹟を挙げた)であるとした人々もある。
これが即ち第一に、この教えは誤解と、第二にその全然たる曲解との主なる理由であった。
人々は想像した。キリストの教えは他の如何なる真理のごとくにも伝わらずに、特殊なるそして超自然的なる方法で伝えられた。そしてそう解釈することの真理は、理性や一般に理性の要求とその解釈とが一致するからでなくて、その伝達の奇蹟性による。そしてその解釈の真理を奇蹟が不壊的に証明したと。この観念はある誤解から生まれたのである。そしてその結果は正しい概念を与え得ない事になる。
これは抑もの最初から創まったものであって、福音書や使徒行伝などで見られる様に、この教えはそんなにも不完全に、そしてそんなにもしばしば誤って了解することが少なければ少ない程、益々多くその真理の外的証拠を要した。自らの欲せざるところを他に施すなかれと言う原理は奇蹟の証明も信仰をも要しない。何となればそれは理性及び理性との一致適合によってそれ自身を証明するからである。しかしイエスが神であったと言う命題は奇蹟によって、また全く了解することの出来ないものによって証明される必要がある。
キリストの教えがはっきり解らなくなればなる程、それは奇跡によって不純にされた。それが奇跡的になればなる程、その原始的な意義からかけ離れしめ、その意味を益々混乱せしめた。そして、それが混乱し、最初の意味から遠ざかれば遠ざかる程、了解されることが益々少なくなった。そしてある人々にとっては彼等自身の無誤謬を肯定することが益々必要になった。
我々は、最初からして、その福音書においても使徒行伝や書簡集においても、いかにこの教理の誤解が、了解することの出来ないそして奇跡的なものによって証明される必要を造り出したかがわかる。
使徒行伝によれば、それは弟子達がエルサレムに集まって割礼をうけないものの洗礼について、また偶像にささげられた肉を食うことについて、そこに惹起された問題を決定せんとした時に起った。
その問題が既に、それを論じ合った者どもが、一切の外的な儀式、断食や安息日や、浄化や、洗身やを排拒したキリストの教えを了解して居なかったことを示して居る。こう言われて居る、口に入るものは人を穢(けが)さない、しかし心から出づるものが穢すと。それ故に割礼をうけて居ないものの洗礼の問題は、その師を愛しその師の偉大さを通じて感じはするが、それを真に了解することの甚だ遠いものの間にのみ起り得る。そして実際そうであった。会議の議員たちが教えを了解しなかったが故にそれだけまた彼等の不十分たる概念の外的保証を要したのである。その問題の存在そのものが、教えを全く了解して居ないと言うことを証するものであるが、兎に角それを決定せんがために、使徒行伝の伝うるところによればこの会議によって初めて、かくもひどい害悪をなし、そして永遠的な仕方で、ある肯定をなすべき真理を確立せしむる様に運命づけられたところのそれ等の恐るべき言葉が発せられた。何となればそれは『精霊及び我々に、善しと見えければなり』(使徒行伝15の28)、会議がこれらの言葉をもって宣言した事はその決定し肯定した真理が、精霊即ち神の奇蹟的参考によって証明されたと言うのである。
しかし精霊即ち神が使徒を通して語ったと言う事を宣言するにはまた証明がいる。この証明をなさんがために、ペンテコステ(五旬節)の日に精霊が焔の舌の形をもってこの肯定をなしたものの上に下ったと言う事を断定する必要があった。(精霊の降下の記録は会議の記録の前にあるが、しかし使徒行伝はその何れよりもずっと後に書かれたものである)しかし精霊の降下もまた焔の舌を見なかった者(人の頭の上に漂って居る焔の舌が、何故に人の言うことの不抜の真理であると言うことの証明になるかということは全くわからない事ではあるが)に向って保証される必要があった。そこで他の奇蹟が必要になった。治癒、復活、死、その他何人にもキリスト教の真理を納得せしめずして反ってより以上に反発せしめるに過ぎない様な、あの使徒行伝に記されたる奇妙な曖昧な奇蹟がそれである。
この方法で真理を保証することの結果は、真理を確証せんとして奇蹟物語を積み重ねる度に従って、教えがその原始の意義からかけ離れ、そして益々了解することの出来ないものとなってしまう。
最初からこの通りであった。そしてかくのごとくにして奇蹟的証明が成長し発達した。そして今日においてはそれが論理的にその最後の頂点に達して、化身説や法王監督聖書等の独断説を醸すに至った。と言う事は即ち、それが全く理解の出来ない索理に到達し、そして神あるいはイエスキリストはある教理をすら信ぜよと言うのではなくて、公同主義におけるがごとくある一人を、あるいは正統派に於けるがごとく多くの人々を、あるいは新教に於けるがごとくある本を盲目的に信ぜよと言うに至ったのである。キリスト教が広く拡がれば拡がる程、そしてそれを受納れた非開明人の数が多くなればなる程、益々それが了解されることが少ない。益々きっぱりとその解釈無誤謬が買いかぶられ、そして益々その真の意義を了解することの可能が薄らいで行った。コンスタンティンの時からして既に、全教訓が地上の権力の裁可によるResume(略説)となり、教会会議のすべての争論の大要となり、我は此れを信ず彼を信ずと言った後に、最後に、我は一つの聖なる公同使徒教会を信ず、即ち自らを教会と呼んで居るところの人々の無誤謬を信ずと言って居る信条となりさがった。かくて全教訓は大要、自らを人に啓示者たる神もしくはキリストを信ずるのでなく、むしろ教会が信ぜよと命じた信仰にまでひき下げられた。
教会は神聖である、そしてキリストによって建てられた。神は人々に彼の教えを勝手に解釈することを許さない。それ故に彼は教会を建設したのだ。すべてかかる前提は私がそれを駁論する事をさえ恥ずかしい程誤って居り、また根拠がない。教会自身の断定の外何処にも、神もしくはキリストの何れもが宗門者のいわゆる教会と称するものに爪の垢ほどでも似よったものを建てた形跡がない、又それについて何等の証拠の示されたものがない。福音書のうちには外的権威としての教会に反対する様な暗示(ヒント)がある。その最も直接にして自明なる筋はキリストの弟子たちが何人をも主と称んではならないと告げられたところの筋である。しかし宗門者等が教会と称んだようなものの建設について言われたところは一つもない。
教会と言う言葉が福音書では二度用いられて居る。一度は争論の決定のために人々の集合の意味で用いられて居る。二度目のは、岩、ペテロ、及び地獄の門などに関した不明な言葉に関連して居る。『集会』と言う意味をのみもって居る。『教会』と言う言葉にまでのこれらの二つの暗示から、我々は我々が今教会と言う言葉によって意味して居るところのものを抽出したのである。
キリストは恐らく教会を――即ち我々が今その名で称んで居るところの制度――建設することが出来なかったであろう。何となればそこには、聖餐や特にキリストの言葉にもしくはその時分の人々の思想にも誤謬がないと言う肯定をもって居る今日の教会の概念の様なものが絶対に存しなかったからである。
人々が後に建てられた制度をキリストが全く違ったあるものを表明するために用いたところのものの名でもって呼んだと言うことは、決して彼等に、キリストが『一つの真なる教会』を建設したと断定する最微の権利をも与えない。
のみならず、もしキリストにして真に我々のいわゆる教会なるものを――我々の全信仰また教理の基礎たる――建設したとするならば、恐らく彼はこの制度の定義を明確に与えて置いたであろうし、ただ一つの真の教会にあらゆる神に通有なる奇蹟談の外に、その真理に関しては一瞬の間も何等の疑惑を容れることの出来ない様な確実な表徴を献与して置くべき筈である。しかも我々はその種の何者をも見ない。そしてそこには常に各々自らをただ一つの真教会と称して居る諸種の制度が存して居た、また存し続けている。
公同派(カトリック)の問答書は言う。
“Loglise est la Société de fidiles ètablie par notre Seigneur Jèui-Chrést, repandue sur toute et soumise á I autorité des pasteurs legitimes Principalement notro Saint père-le papo”
『教会はイエスキリストによって建設されたる忠信者の社会にして、全地球上に散在し、その合法の牧師達の権威に、殊に我等聖なる父――法王に臣従する処のものなり』と。即ち“pasteurs legitimes”(*合法的な牧師)の語によって、法王の無上権のもとに支配され、そしてある特殊なる組織によって結合されたる、ある人々から成立する人類の一つの制度を意味して居るのである。
ギリシャ正統派の問答書は言う。『教会はイエスキリストによって地上に建てられたる一つの社会にして、神によって制定されたる教長の指導と統治とのもとに、神聖なる教えと聖餐とによって結合さる』と。最後の教長と言う言葉はギリシャ語では、ある処に住んで居るある特別なる個人からのみ成り立って居るのである。
ルーテル派問答書は言う。『教会は聖なるキリスト教国もしくは我々の教師キリストの下にある一切の信者の社会なり。その社会において、聖霊は、聖書と聖餐との手段によって神聖なる救済を提供し施与し採用す』と。即ち公同教会は既に滅亡し壊廃した。そしてただ一つの真の伝統はルーテル派信仰の中に保存されて居ると言うのである。
公同派にとっては神聖教会はローマの教長及び法王と同義であった。ギリシャ正統派にとっては東方及びロシアとの教長制度と同義であった。ルーテル派にとっては、聖書とルーテルの問答書を認容する人々の社会と同義であった。普通にキリスト教の起源について語る時には、人々は現存の教会の何れかに属して居るところから、あたかも常にただ一つの教会が存して居たかの様に、また居る様に、『教会』という単数名刺を用いる。なかなかそれは真個でない。それ自身を不壌の真理の所有者と宣言する一つの制度としての教会は、最早それが一つではなく少なくても二つの教会が存するに至ったまでは起らなかった。
すべての信者が同じ意見をもち、そしてそこにただ一つの社会が存して居た間は、それ自身を一つの教会と称ぶ必要がなかった。ただ信者が、互に他を排斥し合う敵対の当派に分かれた時にのみ、その何れの側のものも自己の無誤謬を宣言することによってその真理を肯定する必要を感じた。一つの聖なる教会の観念はただ、お互に他を異端者呼ばわりをし、自己をただ一つの無謬なる教会と断定する二つの当派に口論や争闘からしてのみ起った。
もし紀元後51年に割礼されて居ないものを受納れん事を決議した教会があったとしても、それはただ割礼されてないものを受納れないことに定めて居た他の教会――ユダヤ的――があったからである。
よし今日その無誤謬を断言する公同教会が存して居るとしても、それはただそれぞれ自己流に自らの無誤謬を断定し他のすべての教会を拒否する他の教会、――ギリシャ派、正統派ルーテル派――が存するからである。それ故にただ一つの教会の観念は毛頭実在の影を宿さない幻想的仮現に過ぎない。
真の歴史的現象はこうである。即ち、各自が銘々にイエスキリストによって建設されたただ一つの真の教会だと自己を断定し、そしてすべてその他のものを異端流又は分派者の教会だと宣言した人々の集団が常に存在して居たのである。また今も存在し続けて居るのである。
公同派、正統派、ルーテル派の如き最も広く拡布されて居る宗門の問答書は此れを色々に言い表して居る。公同派信仰問答書に言う。
Juels sont coux, qui sont hors de l’eglise?—Les infidèles, les heretiques, les schismatiques
『教会の外にある者は誰ぞや、彼等は不信者異端者分派者なり』分派者とは言うところの正統派のことであり、異端者とはルーテル派のことである。それ故に公同派信仰問答書によれば教会はただ公同派によってのみ成立する。
謂ゆるギリシャ正統派問答書は言う。『正統派教会のみが普遍的教会と完全なる一致を保持するものにして、それはキリストのただ一つの真教会なり。』ローマ教会その他の信条に関しては(ルーテル派その他は教会とすら称ばれない)それ等は正統派教会より分離したるものであるからただ一つの真教会に属することが出来ないとされて居る。
この定義に従えば公同派及びルーテル派は教会に属さない。教会はただ正統派によって構成される。
ルーテル派信仰問答書は言う。
“Die wahre kirche wird dariu erkanut, das in ihr das wort wort cotters alnter und rein ohne Menchenrusutro gelehrt und die Sacramente true nach Christi Eainsetrung gewahret werilen”
『真の神の教会は人の伝統によらず、キリストの言葉に従って真の聖賢の施行による単純明白なる神の言葉の教えによって知られる』
この定義に従えば、キリストや使徒達の教えに何者かを加えたものは、――公同派やギリシャ教会がなした様に――すべて教会に属さない。教会はただ新教徒によってのみ構成される。公同派は、聖霊が不断にその彼等の教長の中に活動すると断定する。正統派は、その同じ聖霊が不断に彼等の教長の中に活動すると言う。アリアン派は聖霊が彼等の教長の中に活動したと断定した(そして彼等は現在の諸教会がなすのと等しく此れを断定する権利は十分にもって居る。)
ルーテル派も改革派も長老派メソディスト派もモルモン派も、すべての新教派は聖霊が、ただ彼等の集団にのみ活くと断言する。もしも公同派がギリシャ派及びアリアン派の分離の時に聖霊がその背教者の教会を去って、ただ一つの真の教会に上がったと断言するならば、――然らば色々の信条をもてる新教諸派もまた、彼等の教会が公同派から分離した時、聖霊が公同教会を去って彼等が認めるところの教会に止まったと言う十分の権利をもって居る。そしてそれは正しく彼等の言うところである。
何の教会もその信条をある無碍の伝統を通して教会及び使徒たちより抽出する。そして、キリストから出て来たどのキリスト教的信条もある伝統によって現代に至るまで伝えられたのでなければならぬことは明らかである。しかしそれは一切の他の伝統を排して、そのうちの何れかの不壌の真理の証拠とはならない。樹の上のどの枝も何等の遮断なしに根から派生したものである。しかしその各々の枝が一つの根から派生して来たと言う事実は毫もそれがただ一つの枝であると言うことを証明しない。それは教会においても同じである。どの教会もどの教会も継承の同じ証明とその真理の同じ奇蹟的証明を提出する。それ故に教会とはどんなものであるかと言うただ一つの正確にして厳密なる定義(我々がそうであらんことを欲して居るところの幻想的仮現の教会でなく、実際に存在した、また今も存在して居る教会の)はこうである。教会とは自らを真理の独占的また絶対的所有者と断言する人々の集団である。
後に至ってこれらの集団は権威者の扶助によって有力なる制度にまで発達した。そしてイエスキリストの教えの了解普及にまでの主なる障碍であった。
そうなるより外に仕方がなかったのだ。すべての以前の教えとは異なったキリスト教の本質的特質は、それを受納れられたものか益々完全にそれを了解し履行すべく不断に求めたことであった。ところが教会の教理はその真理の決定的了解と抽象的履行とを確説する。
教会がキリスト教的制度だと言う誤れる概念と異端の嘲笑のうちで教育された我々にとっては、それがいかに不思議に見えようとも、――しかも真の進歩即ち真のキリスト教の表わされたのは、我々が異端と呼ぶところのものの中においてのみである。そしてキリスト教がこれらの異端のうちに於ける進歩を阻まれた時にのみ真のキリスト教でなくなり、教会の不変の形式に鋳込まれる様になる。
異端とは何であるか、異端を取扱って居るすべての神学書を読んで見るがいい。(どの神学も、誤れる神学即ち異端神学に取囲まれたる只中に在りて、ある真の教理を語って居るのだから、異端説と言う奴は精確なる定義を要求する最初のものである)何処を探したって異端説の定義に類似したものさえ見出し得ないだろう。
異端と言う言葉の何であるかを示す定義の影のようなものさえ全く欠如して居る一つの例はかの博学なるキリスト教の歴史の大家であるEdepresosが“Vbi christus ibi Ecclesia”という標語をもって居る『教理史』において、この問題について表白した意見の中に見出される。以下が彼のその緒論P.3において言った事である。
“Je sais que l’on nous conteato Je droit de qualifier ainsi jes tendencies qui furent si vlvement combattnes par les preteiar l’ires. La designation mermo d’heresie semble uno atteinto portie a la iberio de consclence ét do pensée. Nous ne pouvons partager ces serupules, car ils n’iralent a rien moins qu’d enlever au christianisme tout catactére distinctif.”
コンスタンティンの時代からして、教会が実際に、見解を異にするあらゆるものを異端者として罪するために、その権力を乱用し彼等を迫害したと言う事を言った後に、初代キリスト教を論じて言う。
“L’aglise est uno libre association, ily a tout probit a se ///以下省略
Cetie presumption ne so transfozinera-t-elle pas en certitude al notis ///以下省略
著者の全議論の実質は、ある与えられた時代において宣言せられたる信条に一致しない意見はすべて異端であると言う事である。しかし、ある与えられた時代において、また、ある与えられた場所において、人々は常に何事かを宣言して居る。そしてこの何処かにおいて、又、何時かにおいて、何事かに対する信仰を真理の標準として取り入れる事は出来ない。
簡単に言えば、この問題の実質は、Vbi christus, ibi ecclesia(*キリストである場合には、教会があり、)である。そしてChristusは我々の居るところである。すべてのいわゆる異端説は、その自ら語ることの真理であることを信じて居る。それはまた、教会歴史を読んで見ても、その信仰の説明が段々と発達して居る事がわかる。それはすべての諸論を自己の用に転用する事が出来る。そしてそれ自身の信仰をのみ真のキリスト教であると称ぶ。すべての異端説においてなされ、又、常になされた様に。
異端のただ一つの定義は(xipeois と言う言葉は『部分』を意味する)かうである。即ち、言うところの組合において宣言されて居る教理に左祖する事を拒む何等かの意見に対して、組合の人々によって与えられたる名。普通に異端説に賦与されたもっと狭い意味は、地上の権力者によって建設せられ支持されて居る教会の教理を拒否する意見を示す。
この問題を取扱って、異端と言う言葉を否定の意味で用いる事の不法、専断、不條理を示した書物としては、Gotfried Arnold(1720)のUnpar teyis che kirchrn-unn ketrer-Historieと言う、注目すべきしかしほとんど知られて居ない本が在る。
その本は、異端説の歴史の形式でキリスト教の歴史を叙述せんとする企である。著者はその緒論において一系の問題を提供して居る。即ち、
(一)異端者を製造(Von den keZremachern soibst)する者について、(二)異端者となる様に造られた者について、(三)異端説の対象物、(四)異端者を造る方法について、(五)異端者を造る目的及びその結果について、等である。
彼はそれ等の点の各々に関して多くの問題を提出している。そして、有名なる神学者等の著作から採られた回答を与えて居る。だが、主としては、読者をしてその本の内容からして彼自身の結論を引き出させる。幾分かは自己の答を包含して居る之等の問題の例として、私は次ぎの文章――異端者を造る方法と言う第四の点に関する――を引用すると、彼はその第七の疑問において言って居る。
『すべての歴史は、最大の異端の製造者等――芸術の巧者たち――父なる神からその秘密を恩された哲人、即ち偽善者、パリサイ人、法学者たち、であったと言うことを証明しないか。(疑問20-21)でキリスト教の腐敗して居た時代においては、偽善者や嫉妬者たちは、神より偉大な賜物を最も多く賦与された者、純粋のキリスト教時代においては最も多く尊崇されたに違いない人々を、特に廃拒しなかったか。そして他方ではまた、キリスト教の退廃期において、自らを他のすべてのものの上にあげ、自らを最も純粋なるキリスト教の教師と称んだ人々は、使徒の時代やキリストの弟子たちの時代においては、最も恥ずべき異端者及びキリスト者と見られなかったであろうか。』
その後彼は、教会によって要求せられ、そしてそれに契合しないものは異端と思惟されたところの信仰の本質の言語的表白は、信者の人生観を十分に覆い尽す事が出来なかったし、それ故に又、かくのごとく、何等かの言語で信仰を表白することの要求が異端の原因となったと言う観念を提供して居る。此れに関しては、彼はその21及び33頁の間において言って居る、『もしも神の事業なり仕事なりがそれを表白するに十分な言葉を見出すことが出来ない程、力強くかつ深刻なものであるならば、自分の概念を明白に形成する事が出来ないからとて、異端者と見られなければならないのであるか。これが即ち、初代のキリスト者達が、言葉によらずして、情(こころ)と行爲とによってお互を判断し、異端的だなどと称ばれる心配なしに、思想の表白に全くの自由を許容して居たので、異端のなかった所以でなかったか。それは僧侶が、何人かをば、破滅させるとかあるいは排斥する時に、その人の教理に疑問を起こさしめ異端の衣を被せかくする事によって、其人を罪に定め、排拒する時に行う教会の常套手段でなかったか。』
『いわゆる異端者の間に罪や過失の存して居たと言う事が真実であるとしても、同様に、又此処に引用された(教育と異端との歴史において)多くの例によって見られるごとく、嫉妬やその他の動機からして、僧侶の爲に破滅させられなかった重要人物にして真摯公正な人間の決して存しなかったと言う事も同じ様に又、真実にして明白な事である。』
かくのごとく二百年の以前において己に異端の意義が解せられて居たのにも拘わらず、現代においてもなおその同じ思想が存在して居る。それはしかし教会の存する限り存せざることを得ない。異端は教会の反対側である。教会のある所にはまた異端の思想もなければならぬ。教会は自分達が不壤の真理を把持して居る事を固守する人々の社会である。異端は教会の真理の不浄を許容し得ない人々の説である。
異端は教会に於ける活動顕現である。教会の沈滞せる不変の肯定を揺り動かさんとする努力である。キリストの教えの活ける把握の企図である概念の進歩の何の段階もその教えの成就も、異端者によってなされた。テルチュリアン、オリゲン、アウガスチン、フィス、サポナローナ、ヘルチーツスキー等、すべてみな異端者であった。それより外に道がなかったのである。
その人の教えが、キリストの教えを段々に確実(しか)と諒解する事と、益々完全な実現――完成へ向かう進行――とに存するキリストの信奉者は、彼がキリストの信奉者であるが故に、キリストの教えを十分に諒解して居るとも履行して居るとも、自分をも他人をも肯定する事が出来ない、尚更また、人間のどの社会もこれを自分達に肯定する事が出来ない。
キリストの弟子の達した完全な把握の程度がどれ程だとしても、彼は常に、自分の概念及びその履行の不十分を感じ、もっと完全なる把握と履行とに努力しなければならない、それ故に、個人なり社会なりが、キリストの教えの完全なる概念と実行とを所持して居る事を肯定するとするならば、それはキリストの教えの精神を拒む事である。
いかに不思議に見ようとも、こうしたすべての教会は常に、当にキリストの教訓に相反せるばかりでなくそれより外は有り得ないのである。ヴォルテールが教会を“L’infame”(不埒者)と称んだのは理由のない事ではなかった。いわゆる『派』(訳者註:この『派』は何々派と言う意味よりも強い。既成宗教を信じない派のことを言う)と称せられて居るキリスト者かアポクリファ(訳者註:認定せられざる経典の事、キリスト教会では聖書に対して偽書と称して居るけれど、その価値は決して偽と称ばれる様なものでない)において予言されて居る『真紅な女』だと信じたのは自由のない事ではなかった。教会の歴史が最も恐るべき戦慄と残忍とをもって充たされて居ると言う事も決して自由のない事ではない。
教会はその本質上決して、多くの人々が考えて居る様に、キリスト教の原理の上に建設された制度ではない。幾分その真直な道から迷い出たものである。本質上に於ける教会は、自らの無謬を確説する社会の意味においてキリスト教に反する制度である。こうして教会とキリスト教との間には、その名の外何も共通な点がないばかりでなく、両者は全く、根本的に敵対する又矛盾する二つの原理である。一つは、傲慢で、暴力で、自己肯定で、遅鈍で、死である。他は謙遜で、忍耐で、信徒で、敏活で、生命である。
同時にこれ等の二つの主に仕える事は不可能である。一つか、他か、選ばねばならぬ。
ある信条をもてるあらゆる教会の、特に近来の教会の、僕(しもべ)たちは、自らをキリスト教的活動の選士だときめようと試みる。彼等は妥協をする。彼等は教会に這入り込んだ悪口を訂正せんとする。彼等は悪口されるからと言って、それのみがすべての人間を結合し、神と人との間の仲保者たるキリスト教会の本質的原理を拒否してはならぬと言う。しかしそれはすべて嘘である。教会は当に人々を結合せしめないばかりでなく、常に、離反、憎悪、戦闘、虐殺、宗教訊問、聖バアソロミューの前夜である。教会は決して神と人との仲保者でなかった。一体その仲保と言う奴は不必要でもありイエスキリストによって禁じられもしたものである――彼はその教理を個々の個人に直接的に又端的に啓示したので。教会は神の代りに死せる形式を提供する。そして神を啓示する事なくして神を人から覆い隠す。誤謬から生まれ、そしてこの誤謬をその不壤説によって支持するところの教会は、イエスの教えのあらゆる真の概念を迫害し蹂躙しないでは居られない。彼等はこれを隠そうとする。しかし隠しおおせない。何となれば、キリストによって指示された道に従って進んで行くときには彼ら自身の存在を破壊するからである。
あらゆる信条の近代的僧俗記者が、キリスト教の真理なり徳なりについて語って居る説教を聴くなり、論文を読むなりする時には、又、幾世紀と言う間を通じて行われた天才的議論や奨励や宣伝やを、(しかも時としてはそれが真摯な響きをもって伝えられる時、それを)聴いたり読んだりすると、人は教会がキリスト教に相反しなどし得るものかを疑いたくなる。
『その間からクリソストムの如き、フェネロンの如き、バトラァの如き、その他キリスト教的説教を出した人々がキリスト教に敵対するなどの事はあり得ない筈だ。』『教会はキリスト教から迷い出る事は出来る、誤謬に陥る事も出来る、しかしキリスト教に敵対するなどの事もあり得ない、』そこで人は、キリストの教えに従って、木を知るために果実を見る、そしてその果の悪いことを見る。教会の活動の結果がキリスト教をゆがめる事であったのを見る、そこで彼は、いかにその個々の人々が善であろうと、彼等の参与した教会の事業はキリスト教的事業でなかった事を許容しないでは居られなくなる。教会に奉仕した人々の善や徳はその個人々々の善なり徳であった、彼等の奉仕した者のそれではなかった。すべて之等の有徳なる人々は――ハァツシジのフランチェスコ、ローブのフランチェスコ、ティション、ザツウスキィ、トーマス・ア・ケンピス等の如き――キリスト教に敵対なる名分に奉仕したと言う事実にも拘わらず有徳であったのである。そして、もし彼等にして彼等の握んだ誤謬に陥る事をしなかったならばもっと善良でもっと有徳であっただろうにと思われる。
しかし、誤って解釈することが出来、ほとんど何だかわからないところの過去について語ったり過去を批判しようとするのか。教会の原理及び事業は過去のものではない。彼等は現在我々の眼の前にある、そして我々は彼等の現在の活動及び人に対する彼等の現在の感化を批判し得る。
然らば、今日の教会の活動はどんなものであるか。どんなに彼等は人々を感化するか。ギリシャ教会、カトリック教会、プロテスタント教会、等によって何が成されて居るか。彼等の事業は何であるか、その事業の結果は何であるか。
我がロシアのいわゆる正教会の活動はすべての人に明らかである。それは、最も重要なる現象であって、隠蔽しも抗弁されもしない。かかる努力をもって行われるところの五千万の軍隊を組織する、そして幾億の人民に価するところのロシア教会の、この巨大なる制度の活動は一体どんなものか。
教会の活動は、あらゆる手段方法を用いて一億のロシア人民に最早何等の根拠も持って居ない埃くさい役に立たぬ信仰を注入する事である。我々の人民には外人であるところの人々によって、ずっと以前に告白されたところの信仰を。そして、そのほとんど誰もが、これらの偽の教理を教える事をもってその義務とした者でさえ、今日に至るまでも保証を与えなかったところの信仰を。
人民と相容れない、そして、現代の人々にとっては最後の意義ももって居ない、之等の陳腐な公式。三位一体、神の母、聖餐、思想等に関するビザンティンの坊主達の公式、――その一部分はロシア教会の活動であり、その残予の部分は最も字義通りの意味の偶像崇拝、聖なる遺物や聖像の崇拝、祈祷がきかれると言う望をもってするそれ等の犠牲奉供。
私は、坊主達が自由主義と科学によってなす様に詐って書いたり言ったりする宗門的定期物については言うまい。私はただこの一億の住民をもてる広大なる全ロシアを通じて、真に僧侶達によってなされて居る事を語ろうと思う。ロシア全土を通じて、人民が根氣よく、骨を折って教えられて居る事は何であるか。いわゆるキリスト教的信仰の名において彼等から要求されたものは何であるか。
私は最初、即ち子供の出産の時から始めよう。一人の子供の生まれた時には、子供とその母とのために祈祷をあげねばならぬ、そうしないでは母は不浄だから、と告げられる。この目的のために、僧侶は腕にその子供を抱いて、人民が単に神々と稱んで居るところの聖徒の繪の前に立って、魔除けの祈祷を読む、そうしてそうする事によって母をきよめる。それから両親は、そうしなければ刑罰を受けると脅かされながら、子供に洗礼を受けさす事を教えられる。むしろ命令される。即ち祭司をして子供を三度水中に埋めしめるのだ。そしてその間わけの分からぬ言葉で祈祷をささげ、身体中の色々なところに油を塗ったり、髪の毛を刈ったり、教父が仮想の悪魔に対って唾を吐いたり打ったりする様な、更らに訳のわからぬ事をする。こんな事はすべて、子供を浄め、彼をキリスト者とする事だと想像されるのだ。そうすると今度はまた両親は、その子供を聖餐式に列せしめねばならぬと告げられる。と言う意味は、そうする事によってキリストの肉体の一部を飲み込む事になり、その結果キリストの祝福を受ける事となると言った風のものである。麺皰と葡萄酒とを受けねばならぬと言うのである。
それからまた両親は、その子供が成長してくると祈祷を教えねばならぬと告げられる。と言うのは子供はキリストの顔や、聖母や、聖徒たちの描かれて居る板の前に立ち、右の手の指を奇妙な風にたたんでそれで彼の前額、肩、胃に触り、そして、頭をさげ、もしくは全身をかがめて、スラブ語を語らねばならぬと言うのである。そのうちでも最も普通に子供達に教えられる言葉は、神の母だとか、聖母だとか、喜ばしいとかなど言うものである。子供達はすべてこれを爲すべきを教えられる。――即ち、十字の記標(しるし)をなす事を――教会なり、聖像なりを見る度ごとに――教えられる。それから又彼は、聖日や、キリストの生まれた日や、――たとえ誰も何時彼が生まれたのかを知らないとは言え彼が割礼を受けた時や聖母の死んだ時、もしくは十字架が運ばれた時や、あるいは聖像が持ち来された時や、あるいは瘋癩病者が仮像(ビジョン)を見た時やなどの日には、最もいい晴着を着て教会に行き、蝋燭を買ってそれを聖徒の繪の前に立て、祈祷のために死者の名を書連ねた過去帳及び、それから祭司が三角形の小さな断片に切ってくれるパンを供えねばならぬと教えられる。それから彼は、繰り返し繰り返し皇帝及び監督の健康と幸福を祈り、自分のために又自分の仕事の成功のために祈らねばならず、最後には十字架と祭司の手に接吻をせねばならぬ。
祈ることを教えられる外になお我々は、少なくとも年一度は、我々の潔齋(デボーション)を行わねばならぬと告げられる、と言う意味は、我々は教会に行って祭司に我々の罪を告白しなければならぬのである。――罪をある他人に告白するならば一切の罪から我々が浄められると言う仮想の下に。そしてそれをすると、次には、更らに我々を浄めてくれるところのパンの一片と、匙で出してくれる葡萄酒とを取らねばならぬ。それからまた我々は、もしある男と女とがその肉交を聖めんと欲するならば教会に行って、金属製の冠をその頭に戴き、幾らかの酒を吞み、一つの卓子の周囲を三度ぐるぐるまわりながら何か歌うと彼等の肉交は聖きものとなり他人のそれとは全く異なったものになると教えられる。
日々の生活に於ては次ぎの規則を守るべきことを教えられる。ある定めたる日において肉や牛乳をとってはならない。ある他の定まりたる日には教会で歌われるTe Deums(訳者註:Te Deumsと言葉で、即ち、我等賛美す、おお神よと言う言葉で始まる有名なる拉語の賛歌、)死人のための弥撒(ミサ)を行わねばならぬ。休日には祭司を招いて彼に金銭を与えねばならぬ。一年のうちに幾度も、その上に繪を描いてある板を教会から持ち出して、タオルの上にのせて家または畑のまわりに持ち廻らねばならぬ。我々はまた死ぬ前には少しのパンを食い、匙で葡萄酒をのまねばならぬ。そして時さえあれば油を塗れば尚更いいと教えられる。そうすれば来世における我々の幸福が保証される。死んだ後には、死者の霊の救済のために祈祷を印刷した紙を彼の手にもたしてやるといい、また死骸のために祈祷書を読んでやり、教会で時々彼の名を稱えてやるといい、と、死者の親族の者たちは告げられる。
これはあらゆる人の義務だと考えられる。だが、もし誰かが死者の霊魂のために特別の注意を払わん事を欲するならば、この信条に従えば、他界に於ける死者の霊の幸福のために最も大なる安全は金を教会や修道院にささげる事である。そうすると聖徒たちは彼のために祈らざるを得なくなるからである。この信仰に従えば、修道院にお詣りをし、奇蹟をする聖像や遺物を保有する事もまた、死者の霊のためによい事である。
之等の遺物や聖像は特殊な神聖、力、祝福を所有して居る。そして之等の物は近寄ると――それに触ったり、接吻をしたり、その前に蠟燭を立てたり、その下に匐いつくばったりすると――非常に沢山救済を増進する。又、彼等の前でTe Deumsが繰返される。これが、そしてこれのみが正統派、即ち真の信仰と称される。そしてキリスト教の仮面でもって幾世紀もの間、特に今日は特別の熱心をもって、人民に深い印象を刻んで来た。
何人をしても、正統派教師は他の何者かの中に住むべき彼等の教理の本質をもって居ると言わしむるなかれ、また、これらの儀式はただ一つの旧い形式であって、それを廃毀するに及ばぬものだと考えしむるなかれ。それは真理でない。ロシア全土を通して、ロシアの全僧侶によって、この信条が、そしてこれのみが教えられた。そしてこの近年は特別の勢力をもって、その外には何もない。人々は何か他の事を大文字でもって書いたり語ったりする。しかし一億の住民の間で、これが、これのみが教えられ注入される。僧侶は何か他のことを幾らかしゃべる。しかし彼等はあらゆる手段をもってただこれをのみ教える。
すべて之等の、個々人及び聖像の崇敬は神学や問答書に記されて居る、それは神学的にも実際的にも種々と人民に注入される。人民は華々しい荘厳や芝居的観物や権威や暴力の助けによって催眠をかけられ、それ等すべてを信ずる様にされる。そしてその信条は、人民がこれ等の乱暴な迷信を自ら解き放なとうとする如何なる企画からも細心に保護される。
私が私の著書『予は何を信ずる乎』に関して早くも言った様に、多年の間私は、悪に対する無抵抗に関するキリストの教訓及び彼自身の言葉が嘲笑や卑しき揶揄(やゆ)の的とされて居た事、及び僧侶達がこの謗瀆を大目に見たばかりでなく明らかにこれを奨励しさえしたのを目撃した。しかし、イブアスカイアの名の下に酔っぱらいによってモスクワ中を瀆神的に持ち運ばれる下らない偶像を輕蔑する様な言葉を発して見よ、憤怒の唸りがその同じ正統派牧師から起るであろう。偶像の外的礼拝のみが宣伝される。何人をしても、人々をしてお互いに干渉せしむるな、『これを成されねばならぬ、そしてあれは成されないでほっといてはならぬ』『それ故に彼等が汝等に告ぐる事は何でも守って行え。しかし彼等の行うところを真似するな、何となれば彼は言えども行わないから』(マタイ伝23章)と言わしむるな。
それは律法の外的規約を守るところのパリサイ人について言われたのである。それ故に『彼等が汝らに告ぐる事は何でも守って行え』と言う言葉は慈善や善行のことを言って居るのであるが、『彼等の行うところを真似するな』と言う言葉に儀式の履行や慈善事業をなさない事に関して言ったのであって、それを儀式を守る事の命であるかのごとくに解釈する僧侶の解釈とは全然正反対の意味をもって居るのである。外的な礼拝は真理と恩恵の奉仕にはほとんど相合わざるものである。大概の場合には一つが他を排斥するものである。パリサイにおいてそうであった。そして今や僧侶的キリスト者においてもそうである。
もし人が贖罪や聖餐礼や祈祷によって救われるものならば彼は、善行をなすの必要はない。
山上の説教と使徒信条とは同時に信じられない。そこで僧侶はその後者を選んだ。信条は教会で祈祷として教えられ読まれる、ところが山上の説教は教会における聖書朗読からさえ排除される。だから、会衆に全福音者が通読される時でなければ、それをきく事が出来ない。またそうする外はない。残忍にして不合理な神――人類を呪い、神の独子を罪して犠牲にし、人性の一部を永遠の痛苦に定めるところの神――を信ずるものは愛の神を信ずることが出来ない。神なるキリストが生者並びに死者を審判し罰せんがために榮光の雲に乗ってやって来るだろうと信じて居る人は、反対者に対して頬を向けかえせ敵を審くことなくして愛して赦せと教えるキリストを信ずることが出来ない。旧約聖書の神的鼓吹を信ずる者、死の床において彼に対したある老人を虐殺する事を命じたところの、しかも、ある誓言に縛られて居るので自ら手を下して殺すことの出来なかったダビデの神聖を信じて居る者、その他旧約聖書に充満して居るこれ等と同様同種の忌まわしき事を信ずる者は、キリストの道徳的律法を信ずることは出来ない。キリスト教と戦争や死刑執行とが矛盾しないと教える教会の教理や説教を信ずる者は、人間の兄弟性を信ずる事は出来ない。
加えてこれ、贖罪や聖餐礼を信ずる事によって救いが得られると信じて居るものは、日常生活においてキリストの道徳的律法を履行せんが爲にその全力を用ゆることが出来ない。
人は彼自身の努力によって救われるを得ない。ただ、ある他の手段によってのみ救われると言う厭うべき教理を教会によって教えられる人々は、それに頼るのは罪だと教えられる処の彼等自身の努力を用いる代わりに、これ等の手段によると言う事は必然であろう。贖罪や聖餐礼等を言う教会の教えは、すべてキリストの教訓を排除する。中にも最もひどいのは、偶像礼拝を信ずる正統派の信仰である。
『併し人民自身はすべて之等を信じて来た、そして又今もそれを続けて居る。』と言われるだろう。
『ロシア人民の全歴史は之を証明する。どうして人は人民からその伝統を奪い取る事が出来よう。』しかし、それは全く嘘だ。ずっと以前において人々が今日教会によって保持されて居るのと幾分か似て居る信仰――似て居るのである、しかし同じだと言う事からは非常にかけ離れて居る――をもって居たという事は確かに真理である。総べてこれ等の愚かしい聖像、悪魔、遺物、饗宴、白樺の小枝、花環等の外に人民は常に、深刻なる倫理的及び実行的キリスト的概念を持って居た。そしてそれは決して全体としての教会の持って居ない物であった。ただその最も高貴なる代表者の中においてのみ見出されるものである。教会や国家によって挙げられたすべての障碍にもかかわらず、人民はその最も進歩せる会員の中において永い間この素朴な認識狀態を続けて来た。あらゆる方面に自発的に生起した合理派によって証明されるごとく……そしてそれ等の人々によって充たされ、僧侶がそれを打ちくだこうと努めたけれど駄目だった人々は、着々としてその実際的及び道徳的方面のキリスト教意識を進めた。教会が表われて、異教主義の頽廃せる、そして頑迷なる形式を保持したばかりでなく、強制的に教え込み、そして、人民が非常の努力をもってそこから抜け出そうと足掻いて居る暗黒の中に、彼等を再び投げ込もうとしたのは此処(ここ)である。
『我々は何も新しいことを教えはしない、ただ彼等が信じて居る事を完成された形式において教えるのである』と僧侶は言う。それはあたかも雛を縛って、それが其処(そこ)から破れ出て来た殻の中に今一度投げ込もうとするのと同じである。
私は、あらゆる方面において縛られた人々が互にだまし合い、この種の魔術的社会から逃れることが出来ないやり方の、滑稽な、しかしその結果において恐るべき物をもって居る光景によって驚かされた事がしばしばであった。
考える事を始めたロシア人の最初に起る疑問は、奇蹟をする聖像の事だとか、また、何よりも先きには遺物のことである。それ等が腐らないと言うのが本当であるか。奇蹟をすると言うのが本当であるか。と、幾百幾千の人民はこれ等の疑いを自らに問う。そしてその答えに惑う。と言う重なる理由は、すべての大主教や高位の牧師達が遺物や奇蹟をする聖像に接吻する。もしこれ等の主教や牧師達に向って何故に、この慶事をするかと聞くならば人民の爲にするのだと答える。そして又人民の方に聞くならば主教や牧師達がするからそれをするのだと答える。
ロシア教会の活動は、説教や、論文や、評論や、宗教的定期物やにおいて近頃示されて居るその会員の近代的博識や精神が外形的にいかに立派であっても当に人民をして粗野にして野蛮な偶像礼拝の過去の狀態を保持せしむるばかりでなく、偶像礼拝と、相並んで常に人民の中に存して居たキリスト教の倫理的概念を打ち砕く事によって迷信及び宗教的無智を伝播し奨励する事にある。
私はかつてオプチン荒野修道院の本屋において一人の年老いた百姓が読む事の出来る彼の孫の爲に、数種の宗教的読物を、選んで居るのを見た事を覚えて居る。修道僧は彼に、遺物や聖日や奇蹟をする聖像の事について書いてある本や詩編をすすめた。私はその老人に福音書をもって居るかと聞いた。『いいえ』と彼は答えた。『彼にロシア語の福音書をやってくれ給え』と私はその修道僧に言った。『いいえ、それは彼等にやってはいけないのです。』と修道僧は答えた。
こんなのがロシア教会の活動の実際である。
しかし、これはただ野蛮なロシアにおいてのみそうである、と欧米の読者は言うかも知れない。その言い分は、教会をしてその曲解的及び麻酔的勢力を保持する事を助くるところの政府について言った時にのみ正しい。
ヨーロッパの何処の国にもかかる専制的な政府の存して居ないと言う事は事実であるし、それが、かかる程度にまで支配教会の朋友であるところもないと言う事も事実である。それ故に、ロシアにおいて、政府が国民の堕落に関与する事がそんなに密接であっても、しかも、ロシア教会のその人民に対する感化が何処か他の教会と異なったところがある様に想像するのは正当でない。
教会と言う教会は何処ででも同じである。もしカトリック教会なり、監督教会なり、ルーテル派教会なりがロシア教会のような服従機関を所持しないとしても、それは彼等の方に於ける欲望の欠乏から生起するのではない。
こうした教会は、たとえ、カトリックであろうが監督派であろうが、ルーテル派であろうが、長老派であろうが、いやしくも教会と名のつく教会はすべてロシア教会と同一の目的を追わないでは居られない。――即ちキリストの教訓の真意義を隠蔽して、即ち、何等の義務をも置かないところの、キリストの実行的教訓の真義をつかむ事の可能を拒否するところの、そして何よりも多く、人民の費(つい)えによって生きて居る祭司職の存在を弁明するところのそれ自身の教理を置き代える事である。
聖書を読んではならない、ただ僧侶や不壤の法王の導きに是も非もなく従えと要求するカトリック主義の過去及び現在の活動は、これをおいて外に何があるか。ロシアの教会の説教するより外のどんな事を、カトリック主義が説教したか。同じ外的な礼拝、同じ遺物、奇蹟、肖像、同じ行列及び奇蹟的聖母、書物や説教に於けるキリスト教に関する同じ朦朧たる霊的文句、そして実行に於ける同じ最も腹立たしき偶像礼拝の支持。
教会に制定された形式をもてる監督派、ルーテル派及びすべての新教派の信条によって、これより外の何が爲されたか、紀元四世紀に制定され、現代の我々にとっては最早何等の意義をももって居ない教理を信仰しろと言う同じ要求、遺物や聖像ばかりではなく安息日や聖書の言葉に対する偶像礼拝的尊崇の同じ要求、常にキリスト教の真の要求を隠さんとする、そしてそれに加うるに、何等の義務をもって居ない外的儀式や、英国人が最も得意に定義して居る、そして彼等に最もよく似合って居る勤行、キャント(哀楽会)を置き代えようとする同じ活動、同じ努力。新教においてはこの活動は特別に著しい。なんとなればこの信条は古いものであると言う口実を持って居ないからである。同じ事は又レヴァイブリズム――現代化されたるカルヴィニズム及び救世軍に堕落した福音主義に行われて居ないか。又すべての教会教理が、キリストの教訓に対する態度を同じくして居る限り、その方向においても同じ事である。
彼等はその名において活動して居る様に見せかけて居るキリストの教訓をかくしたいものと全力をつくして努めないでは居られない様な地位に置かれて居る。
すべての教会信条とキリストの教訓との間の矛盾は、この矛盾性を人々から隠蔽せんがためには最も張りつめた努力を必要とする位である。誰でもいい成人せる何人かの地位を想像して見よ。教養の深いものでなくてもいい、地理や生理や化学や宇宙学や歴史やに関するある時代の思潮を獲得したところの極めて普通の人が初めて教会の懐抱して居る信仰や彼が幼少時代教え込まれた信条――世界が六日間で神によって創造された事、太陽の創造される以前に光が表された事、ノアの方舟やその中に住んだ動物の話、キリストもまた時間の始まる前に一切のものを創造した子なる神だという教理、この神がアダムの罪を贖わんがために地上に降ったと言う教理、彼が死者の間より甦って、天に昇り、今は父なる神の右に坐し給うて居るが、死者及び生者を審かんがために雲に乗って来るであろうと言う教理など――を検覈(けんかく)し出した時の事を想像して見よ。
すべてこれ等の命題は四世紀に形成されたものであった。そしてその時分の人々にとってはある意義をもって居るものであった。しかし今日の人にとっては最早何等の意義も有って居ない、我々の時代の人々は、それを口では唱えるかも知れん、しかし心の中では決して信じる事は出来ない。なんとなれば神が天に住むとか、天が開けて声が聞こえたとかイエスが死人の間から起きて天のあるところへ飛んで行ったとか、今一度何処からか雲に乗って来るとか言った様な断定は、すべてこれ等の断定は、我々にとって何等の意味をも有って居ないからである。
空は制限を持つものである、固定的円蓋であると考えた人は、神がそれを造ったとか、それが開いたとか、イエスがその中に飛び込んだとか、言う事を信ずる事も出来れば、信じない事も出来る。しかし我々にとっては之等の言葉は簡単に何等の意義もない。我々の務める事が彼等の義務であると信じるまでである。これが彼等のなす事である。しかし、彼等は彼にとって何等の意義をもってない事を真に信ずることは出来ない。
もしすべてこれらの表白が比喩的な意味をもって居て、単に隠喩的なものであると断定されたとするならば、然る時に我々は、第一に先ずすべての教会員がこれに同意せず、却って、彼等のうちの大部分が聖書の字義通りの解釈を主張する事及び、第二には、その隠喩的解釈が多種多様であって、それを支撑する証拠のないことを、よく知り抜いて居る。また、もし何人かが教会の教訓を信じようと努めても、教育と聖書との一般的混乱と、諸種の信仰をもって居る人々との普遍的交通とが、更らに別な、しかも信ずるのには更らに踰(こ)ゆべからざる障碍を形成するであろう。
今日の人にとっては一ペニィを出して只一冊の新約聖書を買って、父はエルサレムもしくはこの山もしくは彼の山にこの礼拝者を求めない、心霊と真理との中における礼拝者を求めたとか、キリスト者は異教者の様に寺院だとか公衆の前で祈ってはならない、彼自身の室にてひそかに祈らねばならないと言う宣言だとか、キリストの追随者は何人をも父又は師と称んではならないと言う宣言だとかを読めば十分なのである。――これらの言葉を読んで、キリストの教訓に反して自らを教師と称び、議論や口論に没頭している牧師たちが、些少の権威をも構成し得ないと言う事及び、僧侶によって我々に教えられた教理はキリスト教ではないと言う事を確信するだけで沢山なのである。
しかし、それがすべてではない。もし今日の人にして尚も奇蹟を信じ続けて居るとしても、しかも、今日では非常に容易になって居る、他の信仰や宗教の人々との交際は彼自身の信仰の真理を疑わしむるのに十分である。
自分の信条とは違った別の信条を告白して居る人々と会ったことのない人にとっては、彼の信条がただ一つの真の信仰であると信ずることは容易である。しかし考え得る如何なる人も同様に美しくもあり悪しくもある真の信条を信じて居り、そして互に他人の信仰を非難して居る人々と会わないわけには行かない。そしてその結果自分の告白して居る信条の真理を疑い出す。今日においては、まだ全くの無学者か宗教と関係して人生の問題に全く無頓着な人のみが、教会の信仰を持ち続けることが出来る。
すべてこれ等の信仰破壊の條件が存して居るにも拘わらず、教会を建て、勤行の経を読み、説教し、教え、改宗させ、そして何よりも上に、こんな事をするために祭司や牧師や執事や日曜学校長や僧院長や大僧正や監督や大監督の受ける莫大なる俸給を受けんがために、いかに果てしなき狡計やいかに張りつめた努力を教会が用いねばなからぬか。
特別のそして超人間的の努力が必要である。そして、教会は益々緊張せる努力を用いた。ロシアでは、他の一切の手段の外に、それを自由にする事の出来る世俗的権力の単なる獣的暴力に頼った。外的表白を捨て、公然と非国教徒である事を告白した人々は肉体上の刑罰を受けたり、権利を剥奪されたりする。礼拝の外的儀式を厳格に守る者は報いられて特権を賦与される。
こんな事が正統派教会の手段である。しかしすべての教会は例外なしに同じ方法を用いる。そのうちで最も重要なのは現今催眠術と呼んで居るところのものである。
建築から詩に至るまで、一切の芸術が人間の心霊に作用し、彼等を魔酔せしめるために用いられる。そしてこの感化は不断に働いて居る。人間の精神を魔酔せしめんがためにこの催眠術的感化を必至とするものは、特別に救世軍の活動において示される。それは新しいそして異常なる方法に頼る。――太鼓、ラッパ、歌、旗、制服、行列、踊、涙、タンヴァリン、劇的身振り、――これ等のものの奇妙に見えるのはただそれが新規であるからである。特別の飾燈や、黄金や金ぴかものや、蝋燭や合唱隊や、オルガンや、振鈴や、法服や、啜泣きや、説教やなどをやる教会の旧い勤行もまた全く同じ様なものではなかろうか。
いかにこの催眠術の感化が強烈であろうとも、しかもそれは教会の活動の中の、主なる、そして最も有害なる形式ではない。その重なる最も有毒なる活動は、子供を――イエスが『これらの小さきものの微と小さき者を躓かすものは禍(わざわい)なる哉』と言ったその子供を――欺(あざむ)く事である。子供は、意識が目覚めかけるや否や、欺かれ、彼の教師自身も信じてない事を勿体らしく教え込まれる。そしてその欺瞞は、習慣から遂に彼の性質の一部分となるまで浸み込まされる。子供達は、人生の最も重要なる事について根氣よく瞞着される。そしてその欺瞞が深く彼の生存のうちに巣喰うて、それを破壊する事の困難になった時、その時、科学や実在の全世界が――彼が教えられた信仰とは全く異なった、世界が――彼の前に開ける、そして彼はその全力を尽してこれらのすべての矛盾を芥除する道を見出すために残される。
もし何人かが、幼時から吹き込まれた誤れる概念から目覚めて、健全なる脳をもてる自分自身を喚び覚される事のない様に、ある人を迷わそうとする目的を立てたとしても、我々のいわゆるキリスト教社会において教育される一切の青年になされて居るより以上に有切なる方法を工夫する事が出来ないであろう。
人々の間に於ける教会の感化は実に恐ろしい。しかし、教会制度に属して居る人々が、自らの地位をよく考える時には、それより以外の方法を取る事が出来ない。教会は板ばさみになって居る。山上の説教かニースの信条か、互に一は他を排斥する。もしも誠実に山上の説教を信ずるならば、ニースの信条及びそれと共に教会並びにその代表者たちは不可避にその意義と重要さとの一切を失わねばならぬ。もしニースの信条を――即ち教会を、あるいは別言すれば自らをその代表者と称して居る人々を――信ずるならば山上の説教は無用なものとなる。それ故に、教会はその出来るだけの努力をもって、山上の説教の意味を隠して、人民を自らの方へ引き寄せる工夫を凝らさないでは居られない。彼等が今日に至るまでもその勢力を保持したのは、ただ、こんな風に行った教会の奮闘的活動によるのである。彼等をして暫く、庶民に催眠術をかけ、子供たちを欺く活動を中止せしめよ、――その時こそ人々は直ちにイエスの教訓を理解し、そしてその諒解は教会とその意義を破壊しつくすであろう。それ故に教会は大人への催眠術と子供への欺瞞とのその奮闘的活動を暫くもやめはしない。
教会のこの活動はイエスの教訓の誤れる概念をもって人々を染める。そしてそのいわゆる信者と称するものの大多数に向って、イエスの教訓の真の諒解を妨げる。
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